ギターやバイオリンの音は身近なものですが、「それらの弦楽器が何でできているのか」、考える機会はめったにありません。もちろん楽器も経済を支える商品の一であり、資源(木材)を使って作られています。ところが、その原料となる黒檀が今、密かに危機に瀕しているのです。絶滅危機に瀕する黒檀取引を変えた米ギターメーカー、テイラー・ギターズを紹介します。(サンフランシスコ=藤美保代/InterAction Green)


テイラー・ギターズのサプライ・チェーン・ディレクターであるチャーリー・レッデン氏。向かって左側が従来A級とされてきた真っ黒な黒檀。右側が今まではB級とされ、切り倒されたまま放置されていた黒檀。B級を使っても、品質には何の影響もないという。

 

 

楽器の原料となる木材は、木なら何でもよいわけではなく、強度や重さなどの特性により、厳選された木材が使われます。

ギターなら、ボディはマホガニーやメイプルなど。弦を指で押さえるための細長い部分、フィンガーボード(指板)は、ほぼ100%エボニー(黒檀/こくたん)です。ギターでもバイオリンでも指板が常にすべらかな黒なのは、固くて密で、美しい光沢のある黒檀が使われているからなのです。

ところが、その黒檀が今、密かに危機に瀕しています。ギターやバイオリンのメーカーは、近い将来、硬質さと黒い光沢を併せ持ったこの理想的な素材を、手に入れることができなくなるかもしれません。

違法伐採で黒檀の森はほぼ消滅
風光明媚な米国西海岸の都市・サンディエゴに本社と生産拠点を置くテイラー・ギターズは、楽器産業が知らずのうちに直面しているこの「黒檀危機」を、自らの力で解決しようとしています。

老舗であるマーチンやフェンダーを抜き、いまやアコースティック・ギター部門で全米トップの売り上げを誇るテイラー・ギターは、1974年にボブ・テイラーらによって創立され、匠の技とテクノロジーを融合させた製造方法で、ハイエンドのアコースティック・ギターを開発し続けてきました。

水の流れのような清明で澄んだ音が特徴で、テイラー・スウィフトやジェイソン・ムラーズなどの一流ミュージシャンにも愛用者が多いことで知られています。

テイラー・ギターは、指板に使用する黒檀を、25年前から中部アフリカのカメルーン産でまかなっています。そもそも黒檀は、アフリカ中部、マダガスカル、インド地域などの限定された熱帯雨林にしか自生しない、希少な種。

しかし、弦楽器以外にも家具、装飾品、ピアノの黒鍵などに使われ、高い商品価値があるために、人々は、ある産地の黒檀の森を切り開いては木を切り尽くし、なくなったら次の産地へ行き、またなくなるまで切り尽くす――という破壊的な慣習を続けてきたのです。

その結果、マダガスカル、ガボン、コンゴなど多くの自生地域で、黒檀の森はほぼ消滅。そういった地域では種を守るため、今では伐採そのものが禁止されており、違法伐採とのいたちごっこを繰り広げる事態に陥っています。カメルーンは地球上に唯一残された、合法的に黒檀の商業伐採ができる国なのです。

「B級」資材をA級価格で買い取り
そういった状況の中でテイラー・ギターが選択したのは、カメルーンを第二のマダガスカルにしないため、自腹を切って黒檀取引の改善に乗り出すことでした。そして会社の規模に見合わぬ大きな投資をして、彼らに黒檀を卸していたスペインの企業との合弁で、カメルーンの木材加工工場を買収したのです。

最初は「事業」としての側面が強かったこの買収ですが、自らカメルーンに赴き現状を知ったテイラー氏は、この事業の持つ社会的側面の広がりに圧倒され、「他の誰でもない、自分たちが黒檀の森を守らなければ」と決意を新たにします。そして、伐採の認可システムを強化して、違法伐採を排除し、合法に認可を得て切った木材だけを受け入れる体制を整えていきました。

そんな中テイラー氏は、人生を変える出来事に出会います。2011年のとある日、彼は、買収した加工工場に黒檀を納入している伐採業者と話をしていました。商売はどうかとたずねると、あまりよくない、という答えが返ってくる。

わけを聞いたところ、コストを考えるとカツカツだ、と。道路沿いにあった運搬しやすい木はもう全部切ってしまったから、今では5キロ8キロと山の中に入っていかなければならず、そこで切った木を木材にして道路まで運び出し、工場まで運ぶのにたいへんな労力がかかる、と。そしてこう付け加えたそうです。「おまけに、B級の木は使えないし」。

ギターメーカーのトップであるテイラー氏が、「B級の黒檀」なるものの存在を、初めて知った瞬間でした。よくよく聞いてみると、B級の木はA級の5分の1の値段にしかならないため、工場まで運搬するコストが出せない。そのため伐採業者は、切り倒してB級だとわかったら、そのまま放置するのです。そして、A級の木はほぼ10本に1本しかない。つまり、危機に瀕しているはずの黒檀の、実に10本に9本が無駄に切り倒されていた、という事実。

それでは、A級とB級の違いは何なのか。それは、「色」でした。

A級として売れる黒檀は、均等に真っ黒でなければならない。少しでも灰色の部分があったり、まだらが入っていたりすると、B級とみなされて、商品価値を剥奪されてしまう。材木としてのクオリティに違いはない。ただ真っ黒かそうではないか、それだけ。

テイラー氏は伐採業者に言います。「じゃあ、B級の木にもA級と同じ値段をつけて買い取ってやる、といったら?」。すると業者は、「それはすごくありがたい。切る木も少なくてすむし、今より収入も増える。だけど、B級は使えないのでしょう?使えないって聞いていたから」。

テイラー氏は、業者に言います。

「今日、たった今から、まだらの黒檀は、使える」
「え?誰が使えるって決めたんですか?」
「私が決めたんだ」

そうして、黒檀供給側から見れば「顧客」であったはずのギターメーカーから、音楽産業を変える決断が生まれました。カメルーンで生産される黒檀の75%を扱い、世界中の楽器メーカーに黒檀を卸すテイラー・ギターズ所有の加工工場では、そのときからまだらのB級黒檀が使われるようになったのです。

工場の労働環境も改善
テイラー氏は自らの決断により、「真っ黒な指板の方が見栄えがいいから」という理由だけで、10本の黒檀を無駄に切り倒して世界の黒檀の森を危機に陥れる、という長年の悪しき慣習を断ち切りました。

彼の加工工場は世界中のメーカーを相手にしています。取引先がB級の黒檀を拒否する場合もあるでしょう。しかし、まだらの黒檀は、地球に残された唯一の黒檀であり、それが森の真実。そしてテイラー・ギターズはその真実と一緒に生きるという決断をしたのだ、とテイラー氏は言います。


黒檀の供給状況について語る、テイラー・ギターズの共同創立者ボブ・テイラー氏。やさしい語り口の奥に、強い信念が見え隠れする。彼が抱えているギターもB級の黒檀を使用しているため、若干のまだらが確認できる。きちんと仕上げされており、風合いの美しさとしてアピールすることもできるだろう、とテイラー氏は言う。

米国国務省は、海外において「よきコーポレート・シチズン」としての活動を行った米国企業に送る「コーポレート・エクセレンス」という賞を設けており、テイラー・ギターズは、一連のカメルーンでの活動により、2013年度の同賞を受賞しました。ケリー国務長官は、ボブ・テイラー氏の受賞をこのように評しています。

「資源が手に入りづらくなって争奪戦が激しくなると、資源を根こそぎにするとわかっていても、あらゆる手を尽くして人よりも安く手に入れようとしてしまうのは、人間の性のようなものである。しかし、ボブはその争奪戦に加わることをよしとせず、戦い方そのものを変えようとした。そして違法伐採を排除し、黒檀の売買の慣習を変える道を選んだ」

「さらに、10本切って1本しか使わないという、持続『不』可能の代名詞のようだった黒檀の商慣習をも変えた。現在テイラー・ギターズは、ボブが言うところの、『森が恵んでぐれる黒檀』を、何色であろうと使っている。もちろん彼は他のメーカーにも働きかけて、音楽業界がこれから先何十年も黒檀を使いつづけることができるように、業界の『使える黒檀』の定義を変えようとしている。もちろん、工場で働く人たちの環境も格段に改善させた」

こだわりのギターメーカーの創立者は、ギターを愛するのと同じこだわりでギターの材料を愛し、材料を育む環境を愛することによって、楽器業界の慣習を変えようとしています。そしてそういったこだわりは、ギターの品質やブランドイメージに昇華されて、ファンの心をがっちりとつかんでいるようです。

オルタナ 2017年2月3日掲載 http://www.alterna.co.jp/17367

https://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/08/f3ea3e264ca8f9361328057a6268a211-300x193.jpghttps://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/08/f3ea3e264ca8f9361328057a6268a211-300x193-150x150.jpghatarakubaオルタナライフ×ワークスタイルギターやバイオリンの音は身近なものですが、「それらの弦楽器が何でできているのか」、考える機会はめったにありません。もちろん楽器も経済を支える商品の一であり、資源(木材)を使って作られています。ところが、その原料となる黒檀が今、密かに危機に瀕しているのです。絶滅危機に瀕する黒檀取引を変えた米ギターメーカー、テイラー・ギターズを紹介します。(サンフランシスコ=藤美保代/InterAction Green) テイラー・ギターズのサプライ・チェーン・ディレクターであるチャーリー・レッデン氏。向かって左側が従来A級とされてきた真っ黒な黒檀。右側が今まではB級とされ、切り倒されたまま放置されていた黒檀。B級を使っても、品質には何の影響もないという。     楽器の原料となる木材は、木なら何でもよいわけではなく、強度や重さなどの特性により、厳選された木材が使われます。 ギターなら、ボディはマホガニーやメイプルなど。弦を指で押さえるための細長い部分、フィンガーボード(指板)は、ほぼ100%エボニー(黒檀/こくたん)です。ギターでもバイオリンでも指板が常にすべらかな黒なのは、固くて密で、美しい光沢のある黒檀が使われているからなのです。 ところが、その黒檀が今、密かに危機に瀕しています。ギターやバイオリンのメーカーは、近い将来、硬質さと黒い光沢を併せ持ったこの理想的な素材を、手に入れることができなくなるかもしれません。 ■違法伐採で黒檀の森はほぼ消滅 風光明媚な米国西海岸の都市・サンディエゴに本社と生産拠点を置くテイラー・ギターズは、楽器産業が知らずのうちに直面しているこの「黒檀危機」を、自らの力で解決しようとしています。 老舗であるマーチンやフェンダーを抜き、いまやアコースティック・ギター部門で全米トップの売り上げを誇るテイラー・ギターは、1974年にボブ・テイラーらによって創立され、匠の技とテクノロジーを融合させた製造方法で、ハイエンドのアコースティック・ギターを開発し続けてきました。 水の流れのような清明で澄んだ音が特徴で、テイラー・スウィフトやジェイソン・ムラーズなどの一流ミュージシャンにも愛用者が多いことで知られています。 テイラー・ギターは、指板に使用する黒檀を、25年前から中部アフリカのカメルーン産でまかなっています。そもそも黒檀は、アフリカ中部、マダガスカル、インド地域などの限定された熱帯雨林にしか自生しない、希少な種。 しかし、弦楽器以外にも家具、装飾品、ピアノの黒鍵などに使われ、高い商品価値があるために、人々は、ある産地の黒檀の森を切り開いては木を切り尽くし、なくなったら次の産地へ行き、またなくなるまで切り尽くす――という破壊的な慣習を続けてきたのです。 その結果、マダガスカル、ガボン、コンゴなど多くの自生地域で、黒檀の森はほぼ消滅。そういった地域では種を守るため、今では伐採そのものが禁止されており、違法伐採とのいたちごっこを繰り広げる事態に陥っています。カメルーンは地球上に唯一残された、合法的に黒檀の商業伐採ができる国なのです。 ■「B級」資材をA級価格で買い取り そういった状況の中でテイラー・ギターが選択したのは、カメルーンを第二のマダガスカルにしないため、自腹を切って黒檀取引の改善に乗り出すことでした。そして会社の規模に見合わぬ大きな投資をして、彼らに黒檀を卸していたスペインの企業との合弁で、カメルーンの木材加工工場を買収したのです。 最初は「事業」としての側面が強かったこの買収ですが、自らカメルーンに赴き現状を知ったテイラー氏は、この事業の持つ社会的側面の広がりに圧倒され、「他の誰でもない、自分たちが黒檀の森を守らなければ」と決意を新たにします。そして、伐採の認可システムを強化して、違法伐採を排除し、合法に認可を得て切った木材だけを受け入れる体制を整えていきました。 そんな中テイラー氏は、人生を変える出来事に出会います。2011年のとある日、彼は、買収した加工工場に黒檀を納入している伐採業者と話をしていました。商売はどうかとたずねると、あまりよくない、という答えが返ってくる。 わけを聞いたところ、コストを考えるとカツカツだ、と。道路沿いにあった運搬しやすい木はもう全部切ってしまったから、今では5キロ8キロと山の中に入っていかなければならず、そこで切った木を木材にして道路まで運び出し、工場まで運ぶのにたいへんな労力がかかる、と。そしてこう付け加えたそうです。「おまけに、B級の木は使えないし」。 ギターメーカーのトップであるテイラー氏が、「B級の黒檀」なるものの存在を、初めて知った瞬間でした。よくよく聞いてみると、B級の木はA級の5分の1の値段にしかならないため、工場まで運搬するコストが出せない。そのため伐採業者は、切り倒してB級だとわかったら、そのまま放置するのです。そして、A級の木はほぼ10本に1本しかない。つまり、危機に瀕しているはずの黒檀の、実に10本に9本が無駄に切り倒されていた、という事実。 それでは、A級とB級の違いは何なのか。それは、「色」でした。 A級として売れる黒檀は、均等に真っ黒でなければならない。少しでも灰色の部分があったり、まだらが入っていたりすると、B級とみなされて、商品価値を剥奪されてしまう。材木としてのクオリティに違いはない。ただ真っ黒かそうではないか、それだけ。 テイラー氏は伐採業者に言います。「じゃあ、B級の木にもA級と同じ値段をつけて買い取ってやる、といったら?」。すると業者は、「それはすごくありがたい。切る木も少なくてすむし、今より収入も増える。だけど、B級は使えないのでしょう?使えないって聞いていたから」。 テイラー氏は、業者に言います。 「今日、たった今から、まだらの黒檀は、使える」 「え?誰が使えるって決めたんですか?」 「私が決めたんだ」 そうして、黒檀供給側から見れば「顧客」であったはずのギターメーカーから、音楽産業を変える決断が生まれました。カメルーンで生産される黒檀の75%を扱い、世界中の楽器メーカーに黒檀を卸すテイラー・ギターズ所有の加工工場では、そのときからまだらのB級黒檀が使われるようになったのです。 ■工場の労働環境も改善 テイラー氏は自らの決断により、「真っ黒な指板の方が見栄えがいいから」という理由だけで、10本の黒檀を無駄に切り倒して世界の黒檀の森を危機に陥れる、という長年の悪しき慣習を断ち切りました。 彼の加工工場は世界中のメーカーを相手にしています。取引先がB級の黒檀を拒否する場合もあるでしょう。しかし、まだらの黒檀は、地球に残された唯一の黒檀であり、それが森の真実。そしてテイラー・ギターズはその真実と一緒に生きるという決断をしたのだ、とテイラー氏は言います。 黒檀の供給状況について語る、テイラー・ギターズの共同創立者ボブ・テイラー氏。やさしい語り口の奥に、強い信念が見え隠れする。彼が抱えているギターもB級の黒檀を使用しているため、若干のまだらが確認できる。きちんと仕上げされており、風合いの美しさとしてアピールすることもできるだろう、とテイラー氏は言う。 米国国務省は、海外において「よきコーポレート・シチズン」としての活動を行った米国企業に送る「コーポレート・エクセレンス」という賞を設けており、テイラー・ギターズは、一連のカメルーンでの活動により、2013年度の同賞を受賞しました。ケリー国務長官は、ボブ・テイラー氏の受賞をこのように評しています。 「資源が手に入りづらくなって争奪戦が激しくなると、資源を根こそぎにするとわかっていても、あらゆる手を尽くして人よりも安く手に入れようとしてしまうのは、人間の性のようなものである。しかし、ボブはその争奪戦に加わることをよしとせず、戦い方そのものを変えようとした。そして違法伐採を排除し、黒檀の売買の慣習を変える道を選んだ」 「さらに、10本切って1本しか使わないという、持続『不』可能の代名詞のようだった黒檀の商慣習をも変えた。現在テイラー・ギターズは、ボブが言うところの、『森が恵んでぐれる黒檀』を、何色であろうと使っている。もちろん彼は他のメーカーにも働きかけて、音楽業界がこれから先何十年も黒檀を使いつづけることができるように、業界の『使える黒檀』の定義を変えようとしている。もちろん、工場で働く人たちの環境も格段に改善させた」 こだわりのギターメーカーの創立者は、ギターを愛するのと同じこだわりでギターの材料を愛し、材料を育む環境を愛することによって、楽器業界の慣習を変えようとしています。そしてそういったこだわりは、ギターの品質やブランドイメージに昇華されて、ファンの心をがっちりとつかんでいるようです。 オルタナ 2017年2月3日掲載 http://www.alterna.co.jp/17367下町の農と食で地域をつなぐ