学問留学ではなく、海外でのインターンやボランティアも広義の留学として認める「トビタテ!留学JAPAN」。文科省が考えたにしてはずいぶんオシャレな留学プログラムだと思ったら、案の定、仕掛け人がいた。企業と学校向けの体験型・参加型教育プログラムの開発をしているウィル・シードの創設者、船橋力氏がその人。テーブル・フォーツーを生み出したダボス会議のヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)の仲間が協力していると聞けば、その斬新さにも納得がいく。(聞き手・CSRtoday編集長=原田勝広)

■ 「海外で働きたくない」新入社員は6割

文部科学省官民協働海外留学創出プロジェクトプロジェクトディレクターの船橋力氏

原田 おもしろい留学システムを考え出したという印象だが、どんな経緯で生まれたのか。

船橋 海外留学の状況を見ると、年間72万3000人とダントツで増え続けている中国は別格。米、韓、インドなど各国とも増えているのに対し、日本だけが5万7000人と7年間で3割も減っている。

企業の新入社員も60%が「海外で働きたくない」と答えている。

世界経済フォーラム(ダボス会議)でヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)に選ばれた宮城治男(ETIC.代表理事)、藤沢久美(ソフィアバンク代表)、小林りん(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢代表理事)各氏らと2013年、下村文部科学大臣と会って教育について議論した。その時、このことが話題になった。

このままだと日本の国力が大きく低下してしまう、グローバル化への対応を急がねばという話になった。彼らは今40代で各界の代表者だが、世界の舞台でディベートなどの場に立ってみると、スキル、教養、語学力、情報量などの点で上には上がいることを思い知らされる。

若い時期に留学を経験していればなあ、と後悔する人が多い。

原田 YGLといえば、そうそうたるメンバーで能力も高い印象だが、留学を経験していない人が案外多い。

船橋 リーダーになるような人でも、辛い思いをし、打ちひしがれるほど世界は広い。世界の課題、世界の多様性を早い時期に学ぶことが大切だ。

少子化で日本の国力が衰退し、日本人は誰もがこれからいろんな辛い目に会うだろう。どの分野に進んでも、どんな会社でもそれは起こる。

だから、とにかく意欲ある若者を海外へ若者を出したい。そう問題提起した。下村大臣も同じようなこと考えていた。ギャップイヤーで若者を被災地に送ったり、留学に出したりしたい。そう考えていただけに意気投合した。

■ すでに109社が90億以上を支援

博士過程の友人とスイーツパーティをする城西大学薬学部の間祐太朗さん(右中央)。留学先のロンドン大学薬学校の食堂で

原田 ギャップイヤーも期待が大きかったが、結局、日本の古い文化が足かせになり、大規模での導入には時間がかかりそうだ。その思いが、「トビタテ!留学JAPAN」の構想に活かされた形だが、文科省だけではできなかったのでは。

船橋 民間の知恵、力も投入し一体となってオールジャパンで取り組むべきと伝え、産官学でやろうと。2013年に入ってから、下村大臣にヒアリングのため、企業のTOP層に会ってもらう機会をつくるなど準備を進めた。私は2013年11月、文科省の今のポストに就き、まず留学生の数を2020年までに倍にしようと決めた。現在年間6万人の大学生を12万人に、3万人の高校生を6万人にする。

そのために民間から目標金額200億円の基金を集める。コンセプトもがらりと変えた。従来の留学は成績優秀者が単位・学位のために学問を学ぶという形であった。これに対し、成績は関係ない、インターンシップ、ボランティア、フィールドワーク、プロジェクトベースドラーニング(PBL)など実践型だけでもOKとした。むしろ、単位取得は必ずしも不要とし、逆に実践活動を留学計画の中に必ず盛り込むことを応募条件としている。

原田 企業もこういう仕組みは必要だと思っていたはずだし、現場体験で養われる能力を持つ学生を求めているのではないかと思う。企業側の反応はどうか。

船橋 ソフトバンク、三菱商事、トヨタ、東進ハイスクールのナガセなど、ここ1年で100社以上から90億円以上の寄付をいただく目途がたった。国家プロジェクトで理念に賛同してもらっているし、タイミングもよかった。求められていた留学プログラムだと実感した。日本になかったが、世界でも例がない先進的なプロジェクトだ。

原田 トビタテ留学の特徴を詳しく。

船橋 募集は、1)新興国コース、2)自然科学系コース、3)世界トップレベル大学コース、4)多様性人材コースの4つでスタート、2015年から将来日本の各地域で活躍することを目指す学生のための地域人材コースと、高校生コースを新設した。

現在、大学生等を対象とした上記4コース(第3期生)と、高校生コースについて募集中。地域人材コースの応募は3月に開始予定だ。

マーケットとしての新興国、理科系学生支援と合わせ、世界をリードする欧米での人脈づくり、さらには多様なジャンルでの発信力強化などを意識した。留学時は「アンバサダー」(大使)だが、帰国後は、留学や海外の良さ、面白さを伝えてくれる「エバンジェリスト」(伝道師)の役割を留学生には期待している。

■ 300人以上が59カ国に留学

2014年夏に開催された第1期派遣留学生壮行会で
原田 トビタテ留学は現在、第2期の募集が終わり審査に入って段階だが、大学、学生からの評判はどうか。

船橋 第1期では、221大学から1700人の応募があり、323人が合格し、59カ国に飛び立っている。大学も学生も「こういうものを待っていた」というのが第一声。これまでの留学は規制が多かったが、トビタテに応募する留学計画は基本的に自由に立案できる。資金的な支援も月額12~20万円と手厚い。

一番倍率が高かったのは「多様性人材コース」。首都圏からの応募と欧米向けが多かったので、今後の課題は地方からの応募と理系を増やすこと。

原田 どんな学生が応募していきているのか。

船橋 事前研修で学生同士が「今まで出会ったことがないおもしろい人が一杯いる」と話していた。

面接試験には企業から採用担当者が60人参加している。自社での就職採用時に学生を見ている人達だが、「何社も受ける就活と違い、トビタテ留学では皆、自分の思いを持っている。発する熱量が違う。こんな学生がいるんだ」とおおいに刺激を受けていらっしゃるようだ。

留学生には帰国後、伝道師として大学で講演をしてもらうし、留学からの帰国後は、学生に周囲に留学成果を自ら企画して発表してもらう以外に、我々で公平な機会を提供し、選抜メンバーのみTEDxトビタテ!のようなことが出来たらよいなと検討を開始している。

原田 それは素晴らしいアイデア。是非、一般学生に公開してほしい。話を聞いて留学を志す学生も出てこよう。いい流れができれば日本も変わる。トビタテ留学の可能性に大いに期待している。

プロフィール:船橋力(ふなばし・ちから)
1994年上智大卒。伊藤忠商事を経て2000年ウィル・シード設立。2009年に世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズに選出される。河合塾顧問、教育支援グローバル基金Beyond Tomorrow創設者代表、TABLE FOR TWO International理事。

<インタビューを終えて>
絵に描いたようなグローバル人材ともいうべき船橋さんだが、父親の仕事で海外にいた子ども時代は苦労したという。南米の白人国、アルゼンチンではアジア人ということで差別を経験。逆にブラジルでは、多様性を受け入れる柔軟性に世界の広さを実感したようだ。世界の最先端を走ってきた日本も、30年後、50年後はあやしい。そのことを今から実感し、危機感を持っている人達が存在することはうれしい。大所高所から物を言うのではなく政府の中には入り込んで政策を動かしていることにも共感を覚える。高校生、大学生への支援を通して日本がどこまで変われるか、いま壮大な実験が始まったといえよう。

原田勝広
明治学院大学教授
オルタナ「CSR today」編集長。日本経済新聞社ではサンパウロ、ニューヨーク両特派員。編集委員として国連、NGO、NPO、社会起業家のほか、CSR、BOP ビジネスなどを担当。日本新聞協会賞受賞。2010 年明治学院大学教授に就任。著書は『CSR優良企業への挑戦』『ボーダレス化するCSR』など。

オルタナ 2017年2月5日掲載 http://www.alterna.co.jp/14523

https://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/08/5fd6afb1b18173cda61c0f5a1d4e58d3-300x199.jpghttps://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/08/5fd6afb1b18173cda61c0f5a1d4e58d3-300x199-150x150.jpghatarakubaオルタナ若者Vioce学問留学ではなく、海外でのインターンやボランティアも広義の留学として認める「トビタテ!留学JAPAN」。文科省が考えたにしてはずいぶんオシャレな留学プログラムだと思ったら、案の定、仕掛け人がいた。企業と学校向けの体験型・参加型教育プログラムの開発をしているウィル・シードの創設者、船橋力氏がその人。テーブル・フォーツーを生み出したダボス会議のヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)の仲間が協力していると聞けば、その斬新さにも納得がいく。(聞き手・CSRtoday編集長=原田勝広) ■ 「海外で働きたくない」新入社員は6割 文部科学省官民協働海外留学創出プロジェクトプロジェクトディレクターの船橋力氏 原田 おもしろい留学システムを考え出したという印象だが、どんな経緯で生まれたのか。 船橋 海外留学の状況を見ると、年間72万3000人とダントツで増え続けている中国は別格。米、韓、インドなど各国とも増えているのに対し、日本だけが5万7000人と7年間で3割も減っている。 企業の新入社員も60%が「海外で働きたくない」と答えている。 世界経済フォーラム(ダボス会議)でヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)に選ばれた宮城治男(ETIC.代表理事)、藤沢久美(ソフィアバンク代表)、小林りん(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢代表理事)各氏らと2013年、下村文部科学大臣と会って教育について議論した。その時、このことが話題になった。 このままだと日本の国力が大きく低下してしまう、グローバル化への対応を急がねばという話になった。彼らは今40代で各界の代表者だが、世界の舞台でディベートなどの場に立ってみると、スキル、教養、語学力、情報量などの点で上には上がいることを思い知らされる。 若い時期に留学を経験していればなあ、と後悔する人が多い。 原田 YGLといえば、そうそうたるメンバーで能力も高い印象だが、留学を経験していない人が案外多い。 船橋 リーダーになるような人でも、辛い思いをし、打ちひしがれるほど世界は広い。世界の課題、世界の多様性を早い時期に学ぶことが大切だ。 少子化で日本の国力が衰退し、日本人は誰もがこれからいろんな辛い目に会うだろう。どの分野に進んでも、どんな会社でもそれは起こる。 だから、とにかく意欲ある若者を海外へ若者を出したい。そう問題提起した。下村大臣も同じようなこと考えていた。ギャップイヤーで若者を被災地に送ったり、留学に出したりしたい。そう考えていただけに意気投合した。 ■ すでに109社が90億以上を支援 博士過程の友人とスイーツパーティをする城西大学薬学部の間祐太朗さん(右中央)。留学先のロンドン大学薬学校の食堂で 原田 ギャップイヤーも期待が大きかったが、結局、日本の古い文化が足かせになり、大規模での導入には時間がかかりそうだ。その思いが、「トビタテ!留学JAPAN」の構想に活かされた形だが、文科省だけではできなかったのでは。 船橋 民間の知恵、力も投入し一体となってオールジャパンで取り組むべきと伝え、産官学でやろうと。2013年に入ってから、下村大臣にヒアリングのため、企業のTOP層に会ってもらう機会をつくるなど準備を進めた。私は2013年11月、文科省の今のポストに就き、まず留学生の数を2020年までに倍にしようと決めた。現在年間6万人の大学生を12万人に、3万人の高校生を6万人にする。 そのために民間から目標金額200億円の基金を集める。コンセプトもがらりと変えた。従来の留学は成績優秀者が単位・学位のために学問を学ぶという形であった。これに対し、成績は関係ない、インターンシップ、ボランティア、フィールドワーク、プロジェクトベースドラーニング(PBL)など実践型だけでもOKとした。むしろ、単位取得は必ずしも不要とし、逆に実践活動を留学計画の中に必ず盛り込むことを応募条件としている。 原田 企業もこういう仕組みは必要だと思っていたはずだし、現場体験で養われる能力を持つ学生を求めているのではないかと思う。企業側の反応はどうか。 船橋 ソフトバンク、三菱商事、トヨタ、東進ハイスクールのナガセなど、ここ1年で100社以上から90億円以上の寄付をいただく目途がたった。国家プロジェクトで理念に賛同してもらっているし、タイミングもよかった。求められていた留学プログラムだと実感した。日本になかったが、世界でも例がない先進的なプロジェクトだ。 原田 トビタテ留学の特徴を詳しく。 船橋 募集は、1)新興国コース、2)自然科学系コース、3)世界トップレベル大学コース、4)多様性人材コースの4つでスタート、2015年から将来日本の各地域で活躍することを目指す学生のための地域人材コースと、高校生コースを新設した。 現在、大学生等を対象とした上記4コース(第3期生)と、高校生コースについて募集中。地域人材コースの応募は3月に開始予定だ。 マーケットとしての新興国、理科系学生支援と合わせ、世界をリードする欧米での人脈づくり、さらには多様なジャンルでの発信力強化などを意識した。留学時は「アンバサダー」(大使)だが、帰国後は、留学や海外の良さ、面白さを伝えてくれる「エバンジェリスト」(伝道師)の役割を留学生には期待している。 ■ 300人以上が59カ国に留学 2014年夏に開催された第1期派遣留学生壮行会で 原田 トビタテ留学は現在、第2期の募集が終わり審査に入って段階だが、大学、学生からの評判はどうか。 船橋 第1期では、221大学から1700人の応募があり、323人が合格し、59カ国に飛び立っている。大学も学生も「こういうものを待っていた」というのが第一声。これまでの留学は規制が多かったが、トビタテに応募する留学計画は基本的に自由に立案できる。資金的な支援も月額12~20万円と手厚い。 一番倍率が高かったのは「多様性人材コース」。首都圏からの応募と欧米向けが多かったので、今後の課題は地方からの応募と理系を増やすこと。 原田 どんな学生が応募していきているのか。 船橋 事前研修で学生同士が「今まで出会ったことがないおもしろい人が一杯いる」と話していた。 面接試験には企業から採用担当者が60人参加している。自社での就職採用時に学生を見ている人達だが、「何社も受ける就活と違い、トビタテ留学では皆、自分の思いを持っている。発する熱量が違う。こんな学生がいるんだ」とおおいに刺激を受けていらっしゃるようだ。 留学生には帰国後、伝道師として大学で講演をしてもらうし、留学からの帰国後は、学生に周囲に留学成果を自ら企画して発表してもらう以外に、我々で公平な機会を提供し、選抜メンバーのみTEDxトビタテ!のようなことが出来たらよいなと検討を開始している。 原田 それは素晴らしいアイデア。是非、一般学生に公開してほしい。話を聞いて留学を志す学生も出てこよう。いい流れができれば日本も変わる。トビタテ留学の可能性に大いに期待している。 プロフィール:船橋力(ふなばし・ちから) 1994年上智大卒。伊藤忠商事を経て2000年ウィル・シード設立。2009年に世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズに選出される。河合塾顧問、教育支援グローバル基金Beyond Tomorrow創設者代表、TABLE FOR TWO International理事。 <インタビューを終えて> 絵に描いたようなグローバル人材ともいうべき船橋さんだが、父親の仕事で海外にいた子ども時代は苦労したという。南米の白人国、アルゼンチンではアジア人ということで差別を経験。逆にブラジルでは、多様性を受け入れる柔軟性に世界の広さを実感したようだ。世界の最先端を走ってきた日本も、30年後、50年後はあやしい。そのことを今から実感し、危機感を持っている人達が存在することはうれしい。大所高所から物を言うのではなく政府の中には入り込んで政策を動かしていることにも共感を覚える。高校生、大学生への支援を通して日本がどこまで変われるか、いま壮大な実験が始まったといえよう。 原田勝広 明治学院大学教授 オルタナ「CSR today」編集長。日本経済新聞社ではサンパウロ、ニューヨーク両特派員。編集委員として国連、NGO、NPO、社会起業家のほか、CSR、BOP ビジネスなどを担当。日本新聞協会賞受賞。2010 年明治学院大学教授に就任。著書は『CSR優良企業への挑戦』『ボーダレス化するCSR』など。 オルタナ 2017年2月5日掲載 http://www.alterna.co.jp/14523下町の農と食で地域をつなぐ