室町時代後期、虎屋は菓子屋として誕生。それから約500年、「おいしい和菓子」を第一に経営を続けてきた。「企業は人で成り立っている。人を大切にするのは基本」と語る虎屋17代当主・黒川光博社長に経営哲学を聞いた。(聞き手:森 摂=オルタナ編集長、吉田 広子=オルタナ副編集長 写真:高橋 慎一)

─100年を超える長寿企業が多い日本でも、虎屋は創業約500年という長い歴史を持っています。「和菓子がおいしい」だけでは、ここまで長くは続かなかったのではないでしょうか。

2012年2月に社会貢献室を立ち上げられましたが、黒川社長は会社と社会との関係をどのように考えていますか。

論理的に説明するのは難しいですが、原則的なことでいえば「会社を永続させること」、つまり事業をきちんと維持していくことが最も大切な社会貢献だと考えています。これが最大の原点です。

当社は昔から、寄付や野生のトラの保護活動といった社会貢献活動にも取り組んでいますが、社会貢献は、社会に身を置いているものとしての当然の義務です。

社会に貢献することで、利益を求めたり、目立ったりする必要はありません。社会貢献室は、グループ各社で取り組んできた活動を整理し、方向性を明確にするために、新たに立ち上げました。

─企業には経済的側面と社会的側面があります。

和菓子屋はとても小さな単位です。お客様、地域、原材料の生産者なくして成り立ちません。そのため昔から経済性や効率性を超えて、「良いことだからやろう」という土壌がありました。

売り上げのためだけにやってきていることは少ない。だからこそ虎屋は続いてきたのかもしれません。

■売り上げ至上ではない

─自動車や電機メーカーでさえ100年足らずです。何が違うのでしょうか。

振り返ってみると、やはり人を大切にしてきたと思います。もちろん、売り上げが上がらなくていいという話ではありません。しかし、売り上げ至上主義ではない。企業は人で成り立っています。人を大切にすることが基本です。

─「人を大切にする」という考えは、先代から引き継がれているのでしょうか。

私自身も強い思いはありますが、少なくとも私が直接知っている祖父や父の時代も大切にしていたように思います。私は1966年に富士銀行に入社し、3年ほど働きました。その後、1969年に虎屋に入社、副社長として約20年間働きました。そのうち後半の約10年間は経営の大部分を任され、1991年に社長に就任しました。

ある時、人事異動において若い人材を思い切って登用したことを、自慢げに祖父に報告すると「古い人も大切に」という言葉が返ってきました。とても印象的で、今でもその情景をしっかりと覚えています。

父からも、「いまでこそ銀行からお金を貸してもらえるようになったけれど、昔はそうではなかった。終戦間もない頃には、給与の遅延を従業員に詫びたこともあった」と聞いています。

私は座学で「こうあるべき」という経営論を学んできましたが、すべてのことが理論どおりに動くわけではありません。ほかの経営者と交流するなかで学ぶことも多くありました。

─あるインタビューで、変えていいものは「味」、変えていけないものは「お客様に対する感謝の気持ち」だと答えられていました。「お客様」への「感謝」を優先することで、従業員が疲弊してしまうことはないのでしょうか。

「お客様を大切にすること」は、いつの時代も変わりません。ただ、やはり社会環境が大きく変わっていくなかで、変化していることもあります。

そのきっかけの一つが、2011年の東日本大震災です。震災が起きたとき、社内でニュースを見ていました。「こんな光景はうそだろう」と思いながら、人生があっという間に変わってしまうのを目の当たりにしました。

実際、東北の大変な状況は報道で知っていましたが、幸いにも東北出身の社員たちの家族は皆さん無事で、当社の事業への影響もあまりありませんでした。

でも、「このままでいいのか」「やるべきことを本気になってやらなければいけない」「今やらなくて、いつやるのだ」という強い思いがこみ上げてきました。当時、社員には「自分のこととしてとらえろ」「他人事のように震災
を語るな」というメッセージを発していました。

そのような中、菓子業界が集まる場で、デパートの年中無休、長時間営業について議論になりました。「年中無休」は売上げ競争の延長線上にありましたが、それが一番大切なことではありません。

変わり行く経営環境の中で、社員の労務環境など以前から問題ではないかと話には出ていたものの、それまで具体的な行動は起こしていませんでした。しかし、本当に必要と考えるならば声を上げるべきと、百貨店協会や各社の社長に問題提起書を発信し、直接話をしにも行きました。

昔、デパートは、1週間に1日は休みでしたが、ご存知のとおり定休日がなくなりました。

■直営店で休業日設ける

─2000年6月の大規模小売店舗法の廃止ですね。

そうです。ですが、全百貨店での休業日の復活には至りませんでした。デパートを1日休みにするのが難しくても、営業時間を短くするなど方法はあると思いますが、かないませんでした。

人に言って自分がやらないのは違うと思い、2012年から当社の直営店でも休業日を設けることにしました。現在は、1月と8月にそれぞれ1日、赤坂本店を休業にしています。

お客様にはご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、従業員にとっては良い結果でした。

提携企業:オルタナ  http://www.alterna.co.jp/16404 2015年10月7日掲載

https://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/05/5-1.jpghttps://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/05/5-1-150x150.jpghatarakubaオルタナ提携記事進化する組織室町時代後期、虎屋は菓子屋として誕生。それから約500年、「おいしい和菓子」を第一に経営を続けてきた。「企業は人で成り立っている。人を大切にするのは基本」と語る虎屋17代当主・黒川光博社長に経営哲学を聞いた。(聞き手:森 摂=オルタナ編集長、吉田 広子=オルタナ副編集長 写真:高橋 慎一) ─100年を超える長寿企業が多い日本でも、虎屋は創業約500年という長い歴史を持っています。「和菓子がおいしい」だけでは、ここまで長くは続かなかったのではないでしょうか。 2012年2月に社会貢献室を立ち上げられましたが、黒川社長は会社と社会との関係をどのように考えていますか。 論理的に説明するのは難しいですが、原則的なことでいえば「会社を永続させること」、つまり事業をきちんと維持していくことが最も大切な社会貢献だと考えています。これが最大の原点です。 当社は昔から、寄付や野生のトラの保護活動といった社会貢献活動にも取り組んでいますが、社会貢献は、社会に身を置いているものとしての当然の義務です。 社会に貢献することで、利益を求めたり、目立ったりする必要はありません。社会貢献室は、グループ各社で取り組んできた活動を整理し、方向性を明確にするために、新たに立ち上げました。 ─企業には経済的側面と社会的側面があります。 和菓子屋はとても小さな単位です。お客様、地域、原材料の生産者なくして成り立ちません。そのため昔から経済性や効率性を超えて、「良いことだからやろう」という土壌がありました。 売り上げのためだけにやってきていることは少ない。だからこそ虎屋は続いてきたのかもしれません。 ■売り上げ至上ではない ─自動車や電機メーカーでさえ100年足らずです。何が違うのでしょうか。 振り返ってみると、やはり人を大切にしてきたと思います。もちろん、売り上げが上がらなくていいという話ではありません。しかし、売り上げ至上主義ではない。企業は人で成り立っています。人を大切にすることが基本です。 ─「人を大切にする」という考えは、先代から引き継がれているのでしょうか。 私自身も強い思いはありますが、少なくとも私が直接知っている祖父や父の時代も大切にしていたように思います。私は1966年に富士銀行に入社し、3年ほど働きました。その後、1969年に虎屋に入社、副社長として約20年間働きました。そのうち後半の約10年間は経営の大部分を任され、1991年に社長に就任しました。 ある時、人事異動において若い人材を思い切って登用したことを、自慢げに祖父に報告すると「古い人も大切に」という言葉が返ってきました。とても印象的で、今でもその情景をしっかりと覚えています。 父からも、「いまでこそ銀行からお金を貸してもらえるようになったけれど、昔はそうではなかった。終戦間もない頃には、給与の遅延を従業員に詫びたこともあった」と聞いています。 私は座学で「こうあるべき」という経営論を学んできましたが、すべてのことが理論どおりに動くわけではありません。ほかの経営者と交流するなかで学ぶことも多くありました。 ─あるインタビューで、変えていいものは「味」、変えていけないものは「お客様に対する感謝の気持ち」だと答えられていました。「お客様」への「感謝」を優先することで、従業員が疲弊してしまうことはないのでしょうか。 「お客様を大切にすること」は、いつの時代も変わりません。ただ、やはり社会環境が大きく変わっていくなかで、変化していることもあります。 そのきっかけの一つが、2011年の東日本大震災です。震災が起きたとき、社内でニュースを見ていました。「こんな光景はうそだろう」と思いながら、人生があっという間に変わってしまうのを目の当たりにしました。 実際、東北の大変な状況は報道で知っていましたが、幸いにも東北出身の社員たちの家族は皆さん無事で、当社の事業への影響もあまりありませんでした。 でも、「このままでいいのか」「やるべきことを本気になってやらなければいけない」「今やらなくて、いつやるのだ」という強い思いがこみ上げてきました。当時、社員には「自分のこととしてとらえろ」「他人事のように震災 を語るな」というメッセージを発していました。 そのような中、菓子業界が集まる場で、デパートの年中無休、長時間営業について議論になりました。「年中無休」は売上げ競争の延長線上にありましたが、それが一番大切なことではありません。 変わり行く経営環境の中で、社員の労務環境など以前から問題ではないかと話には出ていたものの、それまで具体的な行動は起こしていませんでした。しかし、本当に必要と考えるならば声を上げるべきと、百貨店協会や各社の社長に問題提起書を発信し、直接話をしにも行きました。 昔、デパートは、1週間に1日は休みでしたが、ご存知のとおり定休日がなくなりました。 ■直営店で休業日設ける ─2000年6月の大規模小売店舗法の廃止ですね。 そうです。ですが、全百貨店での休業日の復活には至りませんでした。デパートを1日休みにするのが難しくても、営業時間を短くするなど方法はあると思いますが、かないませんでした。 人に言って自分がやらないのは違うと思い、2012年から当社の直営店でも休業日を設けることにしました。現在は、1月と8月にそれぞれ1日、赤坂本店を休業にしています。 お客様にはご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、従業員にとっては良い結果でした。 提携企業:オルタナ  http://www.alterna.co.jp/16404 2015年10月7日掲載下町の農と食で地域をつなぐ