今の会社組織の多くはヒエラルキーと呼ばれるピラミッド型の形をとっているなか、ホラクラシーという組織の在り方が注目されている。階級や上司・部下の関係が一切存在しないホラクラシーとはどんな組織なのか?日本におけるホラクラシー経営の第一人者であるダイヤモンドメディア株式会社 代表取締役の武井さんの講話内容を振り返りながら、整理してみようと思う。

■まるで「地球」のような組織

今、多くの会社がヒエラルキーと呼ばれるピラミッド型の組織の形をしているのに対し、ホラクラシーは球体のネットワーク型の組織形態であると説明されることが多い。

始めてホラクラシーという組織形態があると知ったときに真っ先に頭に浮かんだのは宇宙から見た「地球」の姿だった。組織からコントロールを排除する、トップによるコントロールにより動く組織ではなく、メンバーが自発的に動く組織を想像したとき、外からのコントロールを受けることなく、しかし、その中ではそれぞれがそれぞれに自発的に活動している地球の姿に重なったからだ。

「コントロールしない」ということと「自然」の間には大きな関係があると思っている。

“結構、参考にしているのは、植物の本ですとか、自然農法、福岡正信さんであったり、『奇跡のリンゴ』の木村さんの本だったりとか生物の本とか社会生物学の本だったりとか、普通の経営者の方は読まないのですけれども、ああいう自然界のほうが参考になることが多いです。”

肥料も与えない、雑草も取らない、耕さない、一見すると無謀とも思える農法であるが、何もしないことこそが、自発性を発揮させる一番の方法なのだ。自発性を最大限発揮させる自然農法のように組織を運営するのがホラクラシー経営と言えるかもしれない。

今、挑戦している取り組みでアクアポニックスという農法がある。簡単に説明すると水耕栽培と魚の養殖を掛け合わせた農法なのだが、小さな生態系そのもので、眺めているとまるで“小さな地球”を見ているような気持ちになる。アクアポニックスが面白いなと思う瞬間の一つは、自然の状態に近づけば近づくほど人間が手を入れる機会が減るということだ。水耕栽培と魚の養殖を別々に実施した場合、植物へ栄養を与えたり汚れた水を取り替えたりということが必要になる。しかし、水耕栽培と魚の養殖を掛け合わせその二つの間に水を循環させることでそれらは必要なくなる。魚の糞や餌の食べ残しといった水を汚す原因となるものは、植物の栄養分となり、また、バクテリアにより浄化された綺麗な水となって魚が育つ場所へ戻ってくるからだ。

おそらく私たちが住む世界のすべてのものは、不自然な状態から自然な状態へと力がはたらき常に移ろっている。そのような中で、不自然な状態を維持するために必死に手を加え続けてきたのがこれまでの組織運営のやり方だったといえるかもしれない。生き物である私たちにとって不自然な状態はストレスもかかるし、不自然な組織や仕組みから生まれてしまう問題もあるだろう。

一方で、組織の状態を自然に近づけるというのがホラクラシー経営の真髄ではないかと思う。自然な状態の組織は我々人間にとってもストレスが少なく、自然な状態に近づけば近づくほど人はコントロールから解放される。これから先、コントロールを前提とした働きは人間に代わってAIやロボットが代替してくれるようになるだろう。人間だけが志をもって働くことができるのであって、AIやロボットは人間の意志に基づいて働いているのだ。コントロール、そして誰かの意志に基づく労働から解放されたとき、人間には志に基づいた労働だけが残るのかもしれない。

■「連絡網」の“時代”じゃない

ホラクラシーとヒエラルキーの組織の違いを考える上でとても分かりやすかったのが「連絡網」と「SNS」のたとえだ。

”イメージとしては、ホラクラシーは、球体のネットワーク型組織、本当にインターネットと同じ形だと思うのですけれども、一人一人が部署とか部門とかに分けられずに本来はつながっているよねと。”

“ヒエラルキーは、例えば昔の学校の連絡網みたいな感じで、委員長がいて副委員長がいて、それぞれの担当がいて、この下にずらっと伝言ゲームみたいに連絡していく。あれはまさにヒエラルキーの情報の流れ方で、誰かが間違えると後ろもみんな間違えてしまう。”

“ホラクラシーは情報の流れでいうと連絡網というよりはLINEグループみたいな感じで「あした、どこどこに何時集合ね」「オーケー」というように一発でおしまい。多対多のコミュニケーション。これはネットが出てきたからこそできるコミュニケーションや情報の流れであって、多対多が幾らでもできるということは、誰から最初に情報を流そうかという上下関係が必要なくなるのです。”

“一対一”のコミュニケーションを前提としたヒエラルキー組織においては、情報の流れは一方通行で、組織の中に情報が伝わりきるまでにタイムラグが生じる。また、始めに情報を受け取った人と後で受け取った人では情報のないように差が生じることもある。さらにいうと、どこかで情報が途切れるとそれ以降の人には情報が共有されないし、トップが判断を間違ってしまうと組織全体が間違ってしまうというもろさを抱えているのだ。

一方でホラクラシー型の組織は“多対多”のコミュニケーションを前提としている。情報共有においてメンバー間での情報を受け取るまでのタイムラグは生じないし、また、伝言ゲームのように伝わるべき情報の内容が変わってしまうという心配もない。さらに面白いのは、誰もが情報の発信源になれるということだ。複雑で変化が激しく、先が見えづらい社会の中でトップだけで正しい判断をし続けるのは簡単なことではない。トップだけの判断に頼るのではなく、“組織”として正しい判断をするためにメンバー全員が経営判断に関わっていく、まさしく全員経営を実現する組織の形がホラクラシーと言える。

「連絡網」か「SNS」か。“時代”に合わせて変わっていく勇気が必要かもしれない。

http://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/08/20503075_1412796145464329_1497518618_o-1024x768.jpghttp://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/08/20503075_1412796145464329_1497518618_o-150x150.jpghatarakuba最新記事進化する組織今の会社組織の多くはヒエラルキーと呼ばれるピラミッド型の形をとっているなか、ホラクラシーという組織の在り方が注目されている。階級や上司・部下の関係が一切存在しないホラクラシーとはどんな組織なのか?日本におけるホラクラシー経営の第一人者であるダイヤモンドメディア株式会社 代表取締役の武井さんの講話内容を振り返りながら、整理してみようと思う。 ■まるで「地球」のような組織 今、多くの会社がヒエラルキーと呼ばれるピラミッド型の組織の形をしているのに対し、ホラクラシーは球体のネットワーク型の組織形態であると説明されることが多い。 始めてホラクラシーという組織形態があると知ったときに真っ先に頭に浮かんだのは宇宙から見た「地球」の姿だった。組織からコントロールを排除する、トップによるコントロールにより動く組織ではなく、メンバーが自発的に動く組織を想像したとき、外からのコントロールを受けることなく、しかし、その中ではそれぞれがそれぞれに自発的に活動している地球の姿に重なったからだ。 「コントロールしない」ということと「自然」の間には大きな関係があると思っている。 “結構、参考にしているのは、植物の本ですとか、自然農法、福岡正信さんであったり、『奇跡のリンゴ』の木村さんの本だったりとか生物の本とか社会生物学の本だったりとか、普通の経営者の方は読まないのですけれども、ああいう自然界のほうが参考になることが多いです。” 肥料も与えない、雑草も取らない、耕さない、一見すると無謀とも思える農法であるが、何もしないことこそが、自発性を発揮させる一番の方法なのだ。自発性を最大限発揮させる自然農法のように組織を運営するのがホラクラシー経営と言えるかもしれない。 今、挑戦している取り組みでアクアポニックスという農法がある。簡単に説明すると水耕栽培と魚の養殖を掛け合わせた農法なのだが、小さな生態系そのもので、眺めているとまるで“小さな地球”を見ているような気持ちになる。アクアポニックスが面白いなと思う瞬間の一つは、自然の状態に近づけば近づくほど人間が手を入れる機会が減るということだ。水耕栽培と魚の養殖を別々に実施した場合、植物へ栄養を与えたり汚れた水を取り替えたりということが必要になる。しかし、水耕栽培と魚の養殖を掛け合わせその二つの間に水を循環させることでそれらは必要なくなる。魚の糞や餌の食べ残しといった水を汚す原因となるものは、植物の栄養分となり、また、バクテリアにより浄化された綺麗な水となって魚が育つ場所へ戻ってくるからだ。 おそらく私たちが住む世界のすべてのものは、不自然な状態から自然な状態へと力がはたらき常に移ろっている。そのような中で、不自然な状態を維持するために必死に手を加え続けてきたのがこれまでの組織運営のやり方だったといえるかもしれない。生き物である私たちにとって不自然な状態はストレスもかかるし、不自然な組織や仕組みから生まれてしまう問題もあるだろう。 一方で、組織の状態を自然に近づけるというのがホラクラシー経営の真髄ではないかと思う。自然な状態の組織は我々人間にとってもストレスが少なく、自然な状態に近づけば近づくほど人はコントロールから解放される。これから先、コントロールを前提とした働きは人間に代わってAIやロボットが代替してくれるようになるだろう。人間だけが志をもって働くことができるのであって、AIやロボットは人間の意志に基づいて働いているのだ。コントロール、そして誰かの意志に基づく労働から解放されたとき、人間には志に基づいた労働だけが残るのかもしれない。 ■「連絡網」の“時代”じゃない ホラクラシーとヒエラルキーの組織の違いを考える上でとても分かりやすかったのが「連絡網」と「SNS」のたとえだ。 ”イメージとしては、ホラクラシーは、球体のネットワーク型組織、本当にインターネットと同じ形だと思うのですけれども、一人一人が部署とか部門とかに分けられずに本来はつながっているよねと。” “ヒエラルキーは、例えば昔の学校の連絡網みたいな感じで、委員長がいて副委員長がいて、それぞれの担当がいて、この下にずらっと伝言ゲームみたいに連絡していく。あれはまさにヒエラルキーの情報の流れ方で、誰かが間違えると後ろもみんな間違えてしまう。” “ホラクラシーは情報の流れでいうと連絡網というよりはLINEグループみたいな感じで「あした、どこどこに何時集合ね」「オーケー」というように一発でおしまい。多対多のコミュニケーション。これはネットが出てきたからこそできるコミュニケーションや情報の流れであって、多対多が幾らでもできるということは、誰から最初に情報を流そうかという上下関係が必要なくなるのです。” “一対一”のコミュニケーションを前提としたヒエラルキー組織においては、情報の流れは一方通行で、組織の中に情報が伝わりきるまでにタイムラグが生じる。また、始めに情報を受け取った人と後で受け取った人では情報のないように差が生じることもある。さらにいうと、どこかで情報が途切れるとそれ以降の人には情報が共有されないし、トップが判断を間違ってしまうと組織全体が間違ってしまうというもろさを抱えているのだ。 一方でホラクラシー型の組織は“多対多”のコミュニケーションを前提としている。情報共有においてメンバー間での情報を受け取るまでのタイムラグは生じないし、また、伝言ゲームのように伝わるべき情報の内容が変わってしまうという心配もない。さらに面白いのは、誰もが情報の発信源になれるということだ。複雑で変化が激しく、先が見えづらい社会の中でトップだけで正しい判断をし続けるのは簡単なことではない。トップだけの判断に頼るのではなく、“組織”として正しい判断をするためにメンバー全員が経営判断に関わっていく、まさしく全員経営を実現する組織の形がホラクラシーと言える。 「連絡網」か「SNS」か。“時代”に合わせて変わっていく勇気が必要かもしれない。つながりの中で 自分らしい 新しいはたらくカタチ の実現を後押しする情報サイト