NPOの声を聞き始めた日本企業-花王、ライザップ
日本に特定非営利活動促進(NPO)法が生まれたのが1998年。それ以来の17年間で日本のNPOの数は5万以上に達し、社会を構成する一員としての地位を確立しつつある。
その役割は一義的には社会課題の解決で、その活動範囲は医療、福祉、社会教育、まちづくり、環境保全、人権、国際協力など多岐に渡る。
もう一つNPOの重要な役割は、企業や行政などに対して公正な見地から要請や意見を伝えることだ。企業のステークホルダー・ダイアログも本来的には、こうした外部ステークホルダーと対話し、外部の意見を積極的に取り入れることが本務だ。
だが、残念なことに、これまでNPOにおける後者の役割は限定的だった。多くのNPOに組織的な課題があったこともあるが、企業として、外部からの意見、特に企業への提言や批判に真摯に耳を傾ける姿勢に欠けていた面もあった。
それが近年、少しずつ変化してきた。例えば、化粧品の動物実験問題。NPO法人動物実験の廃止を求める会(JAVA、長谷川裕一理事長)など主に女性たちで組織する団体が、2009年以来、資生堂や花王など大手化粧品メーカーに動物実験を辞めるよう、申し入れていた。
まず最大手の資生堂が2013年4月、基本的に動物実験を廃止することを表明。これに続き、花王もこのほど、ソフィーナやカネボウを含む化粧品全ブランドについて、開発段階での動物実験を廃止したことを明らかにした。
動物実験を経た化粧品の販売を禁じた欧州委員会の販売規制も背景にあるが、JAVAなどの20年以上にわたる企業へのアプローチが功を奏した格好だ。
花王は6月22日、3つの動物保護団体で構成する「美しさに犠牲はいらないキャンペーン(CFB)実行委員会」を社内に受け入れ、青木秀子・常務執行役員やカネボウ化粧品の執行役員ら5人と意見交換を行った。その席で、花王がCFB側に動物実験廃止の決定を伝えた。
JAVAの亀倉弘美理事は「この数年、日本の大手企業にも対話の機運が出てきた。資生堂はNPOや弁護士、研究者らを招いて6回も円卓会議を開き、話し合いをした。化粧品の動物実験の完全廃止まではまだ遠いが、消費者に向き合う消費財メーカーがきちんと声を傾けてくれたのは大きい」と話す。
もう一つ、企業とNPOの関係を巡って象徴的なことが起きた。いまテレビで盛んにCMを打っていることで知られるスポーツジムのRIZAP(ライザップ)に対して、兵庫県のNPO「ひょうご消費者ネット」が5月18日、次のように書面で申し入れた。
1)広告に「30日間全額返金保証」との記載があるが、クラブ会則によると「会社が承認した場合においては」とあり、恣意的な判断も考えられ、「返金保証」の文言とは矛盾する。
2)人事異動や病気その他会社の都合により、トレーナーの担当変更が生じた場合には返金の対象外とされており、全額の返金が保証されているとは言えない。
3)会則で「会社が販売する物品は返金の対象外とされており、全額の返金が補償されていない。
ところがライザップ社は回答期限の6月18日、「1)と2)については、ご指摘にかかる会則の条項を撤廃します」と回答し、すぐに実行に移した。
このような不当表示の疑いがある案件は、以前なら公正取引委員会が主管し、排除勧告や審決などの手続きが取られる。それには長ければ1-3年掛かることも珍しくなかった。それが今回、わずか1カ月で決着したのだ。
ライザップ社の親会社、健康コーポレーションの渡辺華子・広報担当は「弊社はかねてから、社会との対話を重視してきました。今回の会則変更もその一環です」と説明する。
その背景には「消費者団体訴訟制度」がある。契約トラブルなどにより、少額だが被害者が多数にのぼるサービスを提供している業者に対して、一定の要件を満たす消費者団体(適格消費者団体)が被害者に代わって訴訟を起こすことができる制度だ。2007年の改正消費者契約法改正によってスタートした。
現在、全国に12団体ある「適格消費者団体」は内閣総理大臣の認定を受け、消費者全体の利益擁護のために差止請求権を行使できる。その多くが「ひょうご消費者ネット」などのNPOだ。今回の申し入れ書は訴訟の前段階。申し入れにもかかわらず適切な対応を取らない企業や団体に対しては提訴する。
ひょうご消費者ネットのスタッフの一人、井上伸・弁護士は、電話取材で「当ネットの申し入れを踏まえた改訂が自主的になされたことは基本的には評価できる」 と話した。
「内容については今後精査し、今後の対応を検討する。まだ修正したい点があれば再度申し入れる可能性もある。商品購入部分が返金保証の対象外であるとの会則は維持されている点については今後、広告において打ち消し表示が明確になされるか、また、契約時にも明確な説明がなされるかについて引き続き注視をしたい」との見解を明らかにした。
同NPOの理事やスタッフの多くは弁護士だが、全員が無給。このような請求が通っても、一銭も入ってこない。それでも消費者の不利益を救いたいと続ける彼/彼女らの活動を見るにつけ、本当に頭が下がる思いだ。
ちなみに、ひょうご消費者ネットのこれまでの申し入れ・差し止め請求の対象は、生命保険協会、日本郵政公社、日本貸金業協会、関西電力、新聞各社(神戸新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社、日本経済新聞社など)、日本放送協会(NHK)など、大物ぞろいだ。
適格消費者団体は別格としても、いま少しずつ、NPOなど非営利団体の声が企業に届きつつある。CSRを掲げる企業も、ステークホルダー・ダイアログを必須のプロセスとして、より多くのステークホルダーとの会話の作業を続けている。
今後は、ただ「対話すること」でよしとするのではなく、対話の中身、とくにステークホルダーからの要請や批判を真摯に受け入れ、改善すべきところは改善することが求められる。
「社会の声を聞くこと」こそ本来の「広義のコンプライアンス」であり、その範囲は「狭義のコンプライアンス」(法令遵守)を大きく上回る。それが本来のCSR(社会対応力=レスポンス・アビリティ)だ。
こうしたプロセスに真摯に取り組む企業の社会的評価は高まり、中長期的な企業価値の向上も期待できるだろう。(オルタナ編集長 森 摂)
提携企業:オルタナ http://www.alterna.co.jp/15549 2015年7月15日掲載
https://hatarakuba.com/%e9%80%b2%e5%8c%96%e3%81%99%e3%82%8b%e7%b5%84%e7%b9%94/alterna008/https://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2015/07/fd5f20dcc7ce225fd3eb7cff0cef2506-150x150.jpghttps://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2015/07/fd5f20dcc7ce225fd3eb7cff0cef2506-150x150.jpgオルタナ提携記事進化する組織日本に特定非営利活動促進(NPO)法が生まれたのが1998年。それ以来の17年間で日本のNPOの数は5万以上に達し、社会を構成する一員としての地位を確立しつつある。 その役割は一義的には社会課題の解決で、その活動範囲は医療、福祉、社会教育、まちづくり、環境保全、人権、国際協力など多岐に渡る。 もう一つNPOの重要な役割は、企業や行政などに対して公正な見地から要請や意見を伝えることだ。企業のステークホルダー・ダイアログも本来的には、こうした外部ステークホルダーと対話し、外部の意見を積極的に取り入れることが本務だ。 だが、残念なことに、これまでNPOにおける後者の役割は限定的だった。多くのNPOに組織的な課題があったこともあるが、企業として、外部からの意見、特に企業への提言や批判に真摯に耳を傾ける姿勢に欠けていた面もあった。 それが近年、少しずつ変化してきた。例えば、化粧品の動物実験問題。NPO法人動物実験の廃止を求める会(JAVA、長谷川裕一理事長)など主に女性たちで組織する団体が、2009年以来、資生堂や花王など大手化粧品メーカーに動物実験を辞めるよう、申し入れていた。 まず最大手の資生堂が2013年4月、基本的に動物実験を廃止することを表明。これに続き、花王もこのほど、ソフィーナやカネボウを含む化粧品全ブランドについて、開発段階での動物実験を廃止したことを明らかにした。 動物実験を経た化粧品の販売を禁じた欧州委員会の販売規制も背景にあるが、JAVAなどの20年以上にわたる企業へのアプローチが功を奏した格好だ。 花王は6月22日、3つの動物保護団体で構成する「美しさに犠牲はいらないキャンペーン(CFB)実行委員会」を社内に受け入れ、青木秀子・常務執行役員やカネボウ化粧品の執行役員ら5人と意見交換を行った。その席で、花王がCFB側に動物実験廃止の決定を伝えた。 JAVAの亀倉弘美理事は「この数年、日本の大手企業にも対話の機運が出てきた。資生堂はNPOや弁護士、研究者らを招いて6回も円卓会議を開き、話し合いをした。化粧品の動物実験の完全廃止まではまだ遠いが、消費者に向き合う消費財メーカーがきちんと声を傾けてくれたのは大きい」と話す。 もう一つ、企業とNPOの関係を巡って象徴的なことが起きた。いまテレビで盛んにCMを打っていることで知られるスポーツジムのRIZAP(ライザップ)に対して、兵庫県のNPO「ひょうご消費者ネット」が5月18日、次のように書面で申し入れた。 1)広告に「30日間全額返金保証」との記載があるが、クラブ会則によると「会社が承認した場合においては」とあり、恣意的な判断も考えられ、「返金保証」の文言とは矛盾する。 2)人事異動や病気その他会社の都合により、トレーナーの担当変更が生じた場合には返金の対象外とされており、全額の返金が保証されているとは言えない。 3)会則で「会社が販売する物品は返金の対象外とされており、全額の返金が補償されていない。 ところがライザップ社は回答期限の6月18日、「1)と2)については、ご指摘にかかる会則の条項を撤廃します」と回答し、すぐに実行に移した。 このような不当表示の疑いがある案件は、以前なら公正取引委員会が主管し、排除勧告や審決などの手続きが取られる。それには長ければ1-3年掛かることも珍しくなかった。それが今回、わずか1カ月で決着したのだ。 ライザップ社の親会社、健康コーポレーションの渡辺華子・広報担当は「弊社はかねてから、社会との対話を重視してきました。今回の会則変更もその一環です」と説明する。 その背景には「消費者団体訴訟制度」がある。契約トラブルなどにより、少額だが被害者が多数にのぼるサービスを提供している業者に対して、一定の要件を満たす消費者団体(適格消費者団体)が被害者に代わって訴訟を起こすことができる制度だ。2007年の改正消費者契約法改正によってスタートした。 現在、全国に12団体ある「適格消費者団体」は内閣総理大臣の認定を受け、消費者全体の利益擁護のために差止請求権を行使できる。その多くが「ひょうご消費者ネット」などのNPOだ。今回の申し入れ書は訴訟の前段階。申し入れにもかかわらず適切な対応を取らない企業や団体に対しては提訴する。 ひょうご消費者ネットのスタッフの一人、井上伸・弁護士は、電話取材で「当ネットの申し入れを踏まえた改訂が自主的になされたことは基本的には評価できる」 と話した。 「内容については今後精査し、今後の対応を検討する。まだ修正したい点があれば再度申し入れる可能性もある。商品購入部分が返金保証の対象外であるとの会則は維持されている点については今後、広告において打ち消し表示が明確になされるか、また、契約時にも明確な説明がなされるかについて引き続き注視をしたい」との見解を明らかにした。 同NPOの理事やスタッフの多くは弁護士だが、全員が無給。このような請求が通っても、一銭も入ってこない。それでも消費者の不利益を救いたいと続ける彼/彼女らの活動を見るにつけ、本当に頭が下がる思いだ。 ちなみに、ひょうご消費者ネットのこれまでの申し入れ・差し止め請求の対象は、生命保険協会、日本郵政公社、日本貸金業協会、関西電力、新聞各社(神戸新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社、日本経済新聞社など)、日本放送協会(NHK)など、大物ぞろいだ。 適格消費者団体は別格としても、いま少しずつ、NPOなど非営利団体の声が企業に届きつつある。CSRを掲げる企業も、ステークホルダー・ダイアログを必須のプロセスとして、より多くのステークホルダーとの会話の作業を続けている。 今後は、ただ「対話すること」でよしとするのではなく、対話の中身、とくにステークホルダーからの要請や批判を真摯に受け入れ、改善すべきところは改善することが求められる。 「社会の声を聞くこと」こそ本来の「広義のコンプライアンス」であり、その範囲は「狭義のコンプライアンス」(法令遵守)を大きく上回る。それが本来のCSR(社会対応力=レスポンス・アビリティ)だ。 こうしたプロセスに真摯に取り組む企業の社会的評価は高まり、中長期的な企業価値の向上も期待できるだろう。(オルタナ編集長 森 摂) 提携企業:オルタナ http://www.alterna.co.jp/15549 2015年7月15日掲載hatarakuba info@jinji-roumu.comAdministrator903シティファーム推進協議会
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