青森県立美術館へ、幸福な縄文のワーク・ライフスタイルを探しに縄文時代へタイムスリップ!
青森といえば、日本の有史以前の国家がつくられる以前の遺跡が数多く点在しているまち。
旧くて新しいライフスタイルを探しに青森県立美術館へ足を運んだ。
私の関心は、働き方変革、つながりの経済という新たな経済が言われるようになった昨今であるが、どうも、実際には、なかなか進んでいない。
その手がかりを少しでもこの青森の地に行きなにかヒントはないかと美術館へいく。
貨幣経済には国家の存在が必要である。国家が出来る以前の経済は、つながりの経済。
私は貨幣経済を否定するつもりは全くなく、確かに多くの人が語っているような貨幣経済のもとマス的には、多くの人が豊かさ、幸福感を感じていた時期があった。
しかし、どのくらいの人たちが、いま充実したライフワークをおくっているのだろうか?
行き過ぎた貨幣経済によるひずみ。
じゃあどうする。経営者、働く人両者ともに脱貨幣経済と唱えてみたもののそこへ踏み出す勇気を持つまでに至っていないのが現状ではないだろうか?
私も実のところその一人。だからこそ、その勇気をもらいに人々がまだ国家をもっていなかったつながりの経済のなかに存在するワーク、ライフ両面でのその当時の人が抱いていた豊かさ、幸福を探しに美術館に足を運んだ。
今回展示物や作品で目を引いたのは、田沢茂、岡本太郎、奈良美智そして三内丸山遺跡出土の土偶と土器。
青森県立美術館の案内にあるように、縄文と現代の共生、そして土地のエネルギー。
案内には、こう書いてある。
人の心の原点ともいうべき心の自然に立ち返ると。
田沢茂氏の作品は特に強烈なイメージを得たのだが、縄文模様とも思われる民話・線という作品。
そして、共同体、つながりの豊かさだろうか、豊かな人々のライフ、ワークスタイルの営みがキャンバスいっぱいに
描かれている積み木の街。
奈良美智のあおもりの犬、京都太秦の広隆寺の国宝第1号の弥勒菩薩像を見た時のあの感動と同じものが沸き起こる。
さて、作品には、地続きの三内丸山遺跡から出土した土器が展示されていたが、私は、現代美術と見間違えてしまった。
私は、作品の良し悪しは門外漢で良く分からないが、確かに、思索に耽りながら土器をつくり、作った土器で酒をのみ共同体の仲間たちと明日の猟の話をしながら楽しく踊り明かしている姿。
つながりの経済の姿が見えてくる。
https://hatarakuba.com/%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%95x%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%ab/ao122/https://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/01/2あおもり犬.jpghttps://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/01/2あおもり犬-150x150.jpgライフ×ワークスタイル青森といえば、日本の有史以前の国家がつくられる以前の遺跡が数多く点在しているまち。 旧くて新しいライフスタイルを探しに青森県立美術館へ足を運んだ。 私の関心は、働き方変革、つながりの経済という新たな経済が言われるようになった昨今であるが、どうも、実際には、なかなか進んでいない。 その手がかりを少しでもこの青森の地に行きなにかヒントはないかと美術館へいく。 貨幣経済には国家の存在が必要である。国家が出来る以前の経済は、つながりの経済。 私は貨幣経済を否定するつもりは全くなく、確かに多くの人が語っているような貨幣経済のもとマス的には、多くの人が豊かさ、幸福感を感じていた時期があった。 しかし、どのくらいの人たちが、いま充実したライフワークをおくっているのだろうか? 行き過ぎた貨幣経済によるひずみ。 じゃあどうする。経営者、働く人両者ともに脱貨幣経済と唱えてみたもののそこへ踏み出す勇気を持つまでに至っていないのが現状ではないだろうか? 私も実のところその一人。だからこそ、その勇気をもらいに人々がまだ国家をもっていなかったつながりの経済のなかに存在するワーク、ライフ両面でのその当時の人が抱いていた豊かさ、幸福を探しに美術館に足を運んだ。 今回展示物や作品で目を引いたのは、田沢茂、岡本太郎、奈良美智そして三内丸山遺跡出土の土偶と土器。 青森県立美術館の案内にあるように、縄文と現代の共生、そして土地のエネルギー。 案内には、こう書いてある。 人の心の原点ともいうべき心の自然に立ち返ると。 田沢茂氏の作品は特に強烈なイメージを得たのだが、縄文模様とも思われる民話・線という作品。 そして、共同体、つながりの豊かさだろうか、豊かな人々のライフ、ワークスタイルの営みがキャンバスいっぱいに 描かれている積み木の街。 奈良美智のあおもりの犬、京都太秦の広隆寺の国宝第1号の弥勒菩薩像を見た時のあの感動と同じものが沸き起こる。 さて、作品には、地続きの三内丸山遺跡から出土した土器が展示されていたが、私は、現代美術と見間違えてしまった。 私は、作品の良し悪しは門外漢で良く分からないが、確かに、思索に耽りながら土器をつくり、作った土器で酒をのみ共同体の仲間たちと明日の猟の話をしながら楽しく踊り明かしている姿。 つながりの経済の姿が見えてくる。hatarakuba info@jinji-roumu.comAdministrator903シティファーム推進協議会
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