小宮山宏・三菱総研理事長(元東大総長)が『新ビジョン2050』(日経BP社、共著)を上梓した。『地球持続の技術』(岩波新書)で最初の「ビジョン2050」を発表してから17年。新著では生活の質(QOL)の高さ、健康で豊かな社会を目指す「プラチナ社会」の概念を大きく盛り込んだ。小宮山氏に出版の意図を聞いた。(オルタナ編集長 森 摂)


小宮山宏・三菱総合研究所理事長

――この時期に「新ビジョン2050」を発表しようと考えられたのは、どんな背景があったのでしょうか。

「人々の生活」という視点を入れたかったからです。ビジョン2050は私がエネルギーの研究をしていたころに書きました。省エネや自然ネルギーなどエネルギーの話が中心でした。

その後、私はその社会で人がどう生きるのかということをずっと考えてきました。そして、エコで雇用があり、誇りある人生を送れる「プラチナ社会」を提案してきました。

新ビジョン2050はビジョン2050にプラチナ社会を統合したものです。どちらも非常に親和性が高く、上手く統合できました。自然エネルギーは地域分散なので、人々の生活に合うんです。

――タイミングも良かったのではないでしょうか。GDPや経済成長も大事ですが、個々の幸せや働き甲斐に焦点が当たる時代になってきましたね。

そうですね。現代の日本ではGDPは指標になりにくいと思います。途上国ではGDPを上げることが大半の人の目標になるから、指標になるわけです。それに、本質的には人々が幸せかどうかが問題であって、GDPが直接の目的になるはずがありません。政府はGDPを3%ずつ増やそうと言っていますが、国民は魅力を感じませんよ。

むしろGDPというのは結果です。国民がQOLを上げようと思うと、新しいビジネスが生まれます。例えば、介護や糖尿病にならないなどの目標があり、それにふさわしいビジネスが生まれるのです。生産性の高い介護が生まれることでGDPは上がるのです。

――今でこそ「2050」という目標年は当たり前ですが、最初に「ビジョン2050」を発表された当時は、ほとんど耳にしませんでした。先見の明ですね。

『地球持続の技術』を出版したのは1999年です。実際には95年ごろから議論が始まっていました。「2050」にしたのは、世界的に人工物が飽和するのが2050年ごろと考えたからです。

イノベーションなくして会社は持続できない時代

――人工物の飽和とはどういう意味でしょうか。

一人当たりの自動車保有台数は、各国とも「0.5台」で頭打ちになることが分かっています。自動車が飽和している国では、他の人工物も飽和します。鉄も、多くの先進国ではすでに鉄鉱石から作る必要はなく、スクラップからできる鉄で十分なのです。人工物の飽和は資源価格の下落や経済成長の鈍化など負の効果も大きいのですが、一方で、人類が循環型社会に向かうことの合理性を示しています。

――日本ではこの20年、過去にない低成長が続いていますが、今後も高度成長は見込めないということでしょうか。

経済を成長させるのは物欲です。戦後、国民みなが「カラーテレビ、クーラー、自動車」という三種の神器を「今は買えないけれど、いつか欲しい」と思ったから経済成長につながりました。しかし最後の自動車もすでに飽和しました。これからは「もっと質を求める社会」、すなわち「プラチナ社会」に転じていきますが、物欲ほどは直接的に経済を活性化させません。今後もすべての先進国で低成長になるのは当然です。

――プラチナ社会の必要条件の一つである「地球環境の持続性」について考えると、日本では、昨年の「パリ協定」や低炭素の重要性を理解していない企業経営者もまだ多いように見受けられます。

自分ごととして考えられないのでしょうね。世界の大きな流れに認識が追い付いていない人が多いように思います。ただし、ある程度まで認識が高まれば、一気に広まるという希望は持っています。オリンピックのメダルを都市鉱山で作ろうという話なんかを聞くとそう思いますね。

――ご著書の巻末にトヨタ自動車の内山田竹志会長との会談が出ています。トヨタの雰囲気も変わってきましたね。かつてのトヨタはあまりバックキャスティング志向ではなかったと思います。

トヨタ環境チャレンジ2050には、もろ手を挙げて評価しています。車から車をつくる考えは、元々のビジョン2050に書いてある都市鉱山の発想ですね。省エネや再生エネルギーについてもです。あの世界最強の自動車会社がそれを宣言したのですがから、もろ手を挙げて応援して良いと思います。

――数年前までは、日本企業の経営者の多くはCO2削減について「乾いた雑巾を絞りつくした」と言い訳していました。今は、雑巾ではない別のものを絞る発想が必要です。そこにビジネスチャンスがあると思います。

イノベーションをやらないと会社が持続できない時代になりました。新しい本を書くために、自動車の消費エネルギーを調べました。1995年のデータでは、日本と欧米の車の燃費を比較すると、日本車の燃費が明確に20%は良かったです。ところがガソリン車に関しては、今年はもう追い付かれています。トヨタがエコの先端を走れるのは、イノベーションをやってきたからです。

世界はプラチナ社会の実現を

――この10年で日本の家電メーカーの競争力が急速に衰えました。次に、これが自動車業界に波及したら、日本経済は大きなダメージを受けてしまいます。

スマートフォンの部品の多くは日本製でも、日本製のスマートフォンは競争力がありません。家電も自動車メーカーもそうですが、やはり最終商品を作る企業が本当に無くなったら日本は危なくなります。

――若いミレニアル世代が世界で消費を大きく変えようとしています。物を買わない世代とも言われ、ウーバー(Uber、米国発の新しい配車マッチングサービス)やAirbnb(エアー・ビーアンドビー、民泊のマッチングサービス)などシェアリングエコノミーが広がるのもその一例です。

それもありますが、ウーバーが成功したのはイノベーションを起こしたからです。都市でも過疎地でもタクシーより便利です。大いなるビジネスチャンスが生まれたのです。

――ところが、日本では強固な岩盤規制が依然として健在です。

結局、日本の中央集権体制の限界でしょうね。中央省庁で決めると、関連団体が反対や陳情を繰り返し、骨抜きになってしまう。でも日本で流しのタクシーが拾えるところは総面積の5%もないでしょう。95%の地域ではウーバーがあった方が良いのです。

日本ももう少し地方分権で動くようになれば良いと思います。地域の人たちが自主性を持ち、自分たちのために自分たちの地域をつくると。QOLを上げて、誇りある人生を送るためにです。

――英国のEU離脱やトランプ氏の当選など、世界ではグローバリゼーションの負の側面によって、社会が分断される傾向があります。日本でも将来、その可能性はありますか。

人類全体に大きくのしかかっている課題なのは間違いないです。みんながある程度ものを持つと成長率が低くなり、格差が広がりますから。そうした分断が保護主義やナショナリズムにつながっていく危険はあります。

では何をすべきかというと、やはり「プラチナ社会」を目指すことだと思います。途上国もそうです。今や、インドのPM2.5の濃度は北京の3倍と言われています。GDPが増え、環境が汚染される。豊かになってようやく対策を取り始める。先進国の軌跡をたどっていますよ。最初からプラチナ社会を目指すべきでしょう。

提携企業:オルタナ http://www.alterna.co.jp/19763 2016年12月3日掲載

https://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/05/33-1.jpghttps://hatarakuba.com/wp-content/uploads/2017/05/33-1-150x150.jpghatarakubaオルタナ提携記事進化する組織小宮山宏・三菱総研理事長(元東大総長)が『新ビジョン2050』(日経BP社、共著)を上梓した。『地球持続の技術』(岩波新書)で最初の「ビジョン2050」を発表してから17年。新著では生活の質(QOL)の高さ、健康で豊かな社会を目指す「プラチナ社会」の概念を大きく盛り込んだ。小宮山氏に出版の意図を聞いた。(オルタナ編集長 森 摂) 小宮山宏・三菱総合研究所理事長 ――この時期に「新ビジョン2050」を発表しようと考えられたのは、どんな背景があったのでしょうか。 「人々の生活」という視点を入れたかったからです。ビジョン2050は私がエネルギーの研究をしていたころに書きました。省エネや自然ネルギーなどエネルギーの話が中心でした。 その後、私はその社会で人がどう生きるのかということをずっと考えてきました。そして、エコで雇用があり、誇りある人生を送れる「プラチナ社会」を提案してきました。 新ビジョン2050はビジョン2050にプラチナ社会を統合したものです。どちらも非常に親和性が高く、上手く統合できました。自然エネルギーは地域分散なので、人々の生活に合うんです。 ――タイミングも良かったのではないでしょうか。GDPや経済成長も大事ですが、個々の幸せや働き甲斐に焦点が当たる時代になってきましたね。 そうですね。現代の日本ではGDPは指標になりにくいと思います。途上国ではGDPを上げることが大半の人の目標になるから、指標になるわけです。それに、本質的には人々が幸せかどうかが問題であって、GDPが直接の目的になるはずがありません。政府はGDPを3%ずつ増やそうと言っていますが、国民は魅力を感じませんよ。 むしろGDPというのは結果です。国民がQOLを上げようと思うと、新しいビジネスが生まれます。例えば、介護や糖尿病にならないなどの目標があり、それにふさわしいビジネスが生まれるのです。生産性の高い介護が生まれることでGDPは上がるのです。 ――今でこそ「2050」という目標年は当たり前ですが、最初に「ビジョン2050」を発表された当時は、ほとんど耳にしませんでした。先見の明ですね。 『地球持続の技術』を出版したのは1999年です。実際には95年ごろから議論が始まっていました。「2050」にしたのは、世界的に人工物が飽和するのが2050年ごろと考えたからです。 イノベーションなくして会社は持続できない時代 ――人工物の飽和とはどういう意味でしょうか。 一人当たりの自動車保有台数は、各国とも「0.5台」で頭打ちになることが分かっています。自動車が飽和している国では、他の人工物も飽和します。鉄も、多くの先進国ではすでに鉄鉱石から作る必要はなく、スクラップからできる鉄で十分なのです。人工物の飽和は資源価格の下落や経済成長の鈍化など負の効果も大きいのですが、一方で、人類が循環型社会に向かうことの合理性を示しています。 ――日本ではこの20年、過去にない低成長が続いていますが、今後も高度成長は見込めないということでしょうか。 経済を成長させるのは物欲です。戦後、国民みなが「カラーテレビ、クーラー、自動車」という三種の神器を「今は買えないけれど、いつか欲しい」と思ったから経済成長につながりました。しかし最後の自動車もすでに飽和しました。これからは「もっと質を求める社会」、すなわち「プラチナ社会」に転じていきますが、物欲ほどは直接的に経済を活性化させません。今後もすべての先進国で低成長になるのは当然です。 ――プラチナ社会の必要条件の一つである「地球環境の持続性」について考えると、日本では、昨年の「パリ協定」や低炭素の重要性を理解していない企業経営者もまだ多いように見受けられます。 自分ごととして考えられないのでしょうね。世界の大きな流れに認識が追い付いていない人が多いように思います。ただし、ある程度まで認識が高まれば、一気に広まるという希望は持っています。オリンピックのメダルを都市鉱山で作ろうという話なんかを聞くとそう思いますね。 ――ご著書の巻末にトヨタ自動車の内山田竹志会長との会談が出ています。トヨタの雰囲気も変わってきましたね。かつてのトヨタはあまりバックキャスティング志向ではなかったと思います。 トヨタ環境チャレンジ2050には、もろ手を挙げて評価しています。車から車をつくる考えは、元々のビジョン2050に書いてある都市鉱山の発想ですね。省エネや再生エネルギーについてもです。あの世界最強の自動車会社がそれを宣言したのですがから、もろ手を挙げて応援して良いと思います。 ――数年前までは、日本企業の経営者の多くはCO2削減について「乾いた雑巾を絞りつくした」と言い訳していました。今は、雑巾ではない別のものを絞る発想が必要です。そこにビジネスチャンスがあると思います。 イノベーションをやらないと会社が持続できない時代になりました。新しい本を書くために、自動車の消費エネルギーを調べました。1995年のデータでは、日本と欧米の車の燃費を比較すると、日本車の燃費が明確に20%は良かったです。ところがガソリン車に関しては、今年はもう追い付かれています。トヨタがエコの先端を走れるのは、イノベーションをやってきたからです。 世界はプラチナ社会の実現を ――この10年で日本の家電メーカーの競争力が急速に衰えました。次に、これが自動車業界に波及したら、日本経済は大きなダメージを受けてしまいます。 スマートフォンの部品の多くは日本製でも、日本製のスマートフォンは競争力がありません。家電も自動車メーカーもそうですが、やはり最終商品を作る企業が本当に無くなったら日本は危なくなります。 ――若いミレニアル世代が世界で消費を大きく変えようとしています。物を買わない世代とも言われ、ウーバー(Uber、米国発の新しい配車マッチングサービス)やAirbnb(エアー・ビーアンドビー、民泊のマッチングサービス)などシェアリングエコノミーが広がるのもその一例です。 それもありますが、ウーバーが成功したのはイノベーションを起こしたからです。都市でも過疎地でもタクシーより便利です。大いなるビジネスチャンスが生まれたのです。 ――ところが、日本では強固な岩盤規制が依然として健在です。 結局、日本の中央集権体制の限界でしょうね。中央省庁で決めると、関連団体が反対や陳情を繰り返し、骨抜きになってしまう。でも日本で流しのタクシーが拾えるところは総面積の5%もないでしょう。95%の地域ではウーバーがあった方が良いのです。 日本ももう少し地方分権で動くようになれば良いと思います。地域の人たちが自主性を持ち、自分たちのために自分たちの地域をつくると。QOLを上げて、誇りある人生を送るためにです。 ――英国のEU離脱やトランプ氏の当選など、世界ではグローバリゼーションの負の側面によって、社会が分断される傾向があります。日本でも将来、その可能性はありますか。 人類全体に大きくのしかかっている課題なのは間違いないです。みんながある程度ものを持つと成長率が低くなり、格差が広がりますから。そうした分断が保護主義やナショナリズムにつながっていく危険はあります。 では何をすべきかというと、やはり「プラチナ社会」を目指すことだと思います。途上国もそうです。今や、インドのPM2.5の濃度は北京の3倍と言われています。GDPが増え、環境が汚染される。豊かになってようやく対策を取り始める。先進国の軌跡をたどっていますよ。最初からプラチナ社会を目指すべきでしょう。 提携企業:オルタナ http://www.alterna.co.jp/19763 2016年12月3日掲載「農」と「食」を通したソーシャルデザインの実現