私たち903シティファーム推進協議会は、このたび、ほか2社の仲間とともに、クリスチャン・フェルバー氏が提唱する「公共善エコノミー(Economy for the Common Good)」の外部監査を終え、認定証が発行されました。
 
日本では、二番目となる認定団体です。

ここまで約一年半。ドイツ語や英語での講義を経て、公共善決算書の作成に取り組む日々。
 
私たちなりに、「公共善とは何か」「経済とは、何のためにあるのか」を繰り返し問い続けてきました。
 
一緒に認定までの全プロセスを歩んだ、株式会社URUUの江上広行さんと株式会社レセルカーダの松井隆雄さん。
そして、「私たちにとっての公共善とは何だろう?」と問いながら、20のテーマ一つひとつに向き合い、意見を出し合ってくれた903の仲間たち。
ボランティアで、会計資料の準備や英訳まで担ってくれた、吉野さんや尾形さん。
 
みんなの力があって、認定に至ることができました。
心より感謝しています。

●「良い会社」を認定するだけではない―「五方よし」を問い直す

公共善エコノミーについて学びながら、私が一番興味を持ったのは、これが単に「社会に良いことをしている会社」を認定するための仕組みではなかったことです。
 
いま、ESG、人的資本経営、サステナビリティ経営など企業に社会的責任を求める流れは急速に広がっています。
 
もちろん、これはとても大切な変化です。
 
でも、公共善エコノミーが投げかける問いは、さらにその奥にあります。
 
そもそも私たちは、何をもって「経済的に成功した」と考えるのか。
 
売上が増えた。
利益が増えた。
GDPが増えた。
 
それだけで、社会は本当に豊かになったと言えるのでしょうか。

引用元:ECG JAPAN

公共善エコノミーでは、
「人間の尊厳」
「連帯と公正」
「環境の持続可能性」
「透明性と民主的な意思決定」
という4つの価値を、経済活動を見る物差しの中心に置きます。
 
そして、サプライヤー、出資者・金融機関、従業員、顧客、地域社会という5つの関係性の中で、この4つの価値が本当に大切にされているのかを見ていきます。
 
いわば、「五方よし」を、より深く問い直していくような仕組みです。
 
企業は、単に利益を上げればよい存在ではなく、人や社会、環境とどのような関係を結びながら事業を行っているのかまで、問われるようになっています。

●企業を見る「物差し」は、変わり始めている

伊藤和子さんの『ビジネスと人権』を読みながら、改めて考えさせられたことがあります。
 
これまで「人権」というと、国家が市民の権利を守る、という構図を思い浮かべることが多いように思います。
 
現代の企業活動は、一つの国の中では完結しません。
原材料、生産、物流、IT、金融、販売――。
一つの商品やサービスの背景には、さまざまな国の人や地域、自然環境がつながっています。
 
だからこそ、「国の法律を守っているから問題ない」だけでは済まない時代になっています。
 
実感値としても、顧問先さんへ取引先から人権に関するアンケート調査が届く機会が増えています。
自社だけでなく、サプライチェーンの先で児童労働や強制労働、差別、劣悪な労働環境などが起きていないか。
企業自身が、その影響を把握し、予防し、必要に応じて是正していくことが求められています。
 
2011年に国連人権理事会が支持した「ビジネスと人権に関する指導原則」[4] は、「国家の人権保護義務」「企業の人権尊重責任」「救済へのアクセス」という三つの柱を示しました。
 
日本でも2022年、政府が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しています。
 
また、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、2025年3月、日本で適用する最初のサステナビリティ開示基準を公表しました。
 
これまで企業を見る代表的な物差しは、売上や利益、資産などの財務情報でした。
 
そこに今、人権や気候変動など、社会や環境との関わりも加わり始めています。

「いくら儲けたのか」だけではなく、
「この企業が、人や社会、環境とどのような関係を結びながら存在しているのか」も問われる。
 
企業を見る物差しそのものが、変わり始めているのだと思います。

●企業価値のための公共善なのか、公共善のための経済なのか

ビジネスと人権も、サステナビリティ開示も、とても大切な流れです。
 
でも、公共善エコノミーを学んでいると、そのもう一歩先にある問いが浮かんできます。
 
企業価値を高めるために、人権や環境を大切にするのか。
それとも、人や社会や自然が豊かになるために、企業や経済が存在するのか。
似ているようで、私には少し違って見えます。
 
もちろん、企業には利益が必要です。
利益がなければ、給与を払い、事業を続け、新しいことに挑戦することもできません。
 
けれど、利益は「目的」なのか。
それとも、よりよい社会をつくり続けるための「手段」なのか。
 
公共善エコノミーが問いかけているのは、まさにそこなのだと思います。
 

●「脱成長」の前に、「改成長」

そんなことを考えていたとき、先日伺った四井真治さんのお話が、私の中でつながりました。

四井さんは、長年「地球再生型の暮らし」を実践されています。
 
お話の中で印象的だったのは、生命も地球も、物質やエネルギーをただ蓄えて存在するのではなく、絶えず取り込み、出し、巡らせながら成り立っている、ということでした。
 
だから環境問題も、「人間とは別のところにある自然を守る」という話ではありません。
 
土も、水も、森も、生物多様性も、私たち自身の生命を支えている仕組みです。
 
そして、すでに失われたものがあるのであれば、「これ以上悪くしない」だけではなく、
土を再生する。
森を再生する。
水の循環を取り戻す。
多様な生命が生きられる環境を増やす。
 
暮らすことそのものが、周りの生命を豊かにしていく方向へ変わっていくことが必要なのだと思います。
 
そんなお話の中で出てきたのが、
「脱成長の前に、改成長ではないか」
という言葉でした。

四井さんは、いま経済の力そのものを弱めてしまえば、地球環境を修復する力まで失ってしまうのではないか、と話します。
 
経済にも、社会にも、人にも、まだ力がある。
 
だから、その力があるうちに、何を育てるために、経済の力を使うのかを変える。
成長そのものを否定するのではなく、何を「成長」と呼ぶのかを、改める。
売上やGDPが増えることだけではなく、
土が豊かになること。
森が再生すること。
地域の中で食べ物やお金が巡ること。
人と人との信頼が育つこと。
暮らしの知恵や文化が、次の世代へ手渡されていくこと。
 
それもまた、「豊かになる」ということではないでしょうか。
 
人間だけが豊かになる経済から、
人も、地域も、自然も、ほかの生命も、一緒に豊かになっていく経済へ。
 
私はここに、公共善エコノミーとの大きな重なりを感じています。

●公共善エコノミーは、「何を豊かさと呼ぶのか」の実験

そう考えると、今回私たちが取り組んだ公共善決算も、少し違って見えてきます。
 
これは、「環境に良い活動をしている団体です」「人を大事にしている会社です」と証明して終わるためのものではありません。
 
何を豊かさと呼ぶのか。
経済は何のためにあるのか。
会社や組織は何のために存在するのか。
その「物差し」そのものを、問い直していく試みなのだと思います。

 経済活動をすればするほど―
 
地域の関係性が豊かになる。
人間の尊厳が大切にされる。
土や水が豊かになる。
多様な生命が育つ。
文化や知恵が次の世代へ手渡されていく。
 
そんな経済へ。
 
「公共善エコノミー」と、四井さんのいう「改成長」は、「何を豊かさと呼ぶのか」を問い直すところで、つながっているように感じています。

●Be the change.―小さなところから、経済の意味を変える

903シティファーム推進協議会は、世界経済から見れば、本当に小さな団体です。
 
Be the change.
大きな変化を誰かに委ねるのではなく、まずは自分たちの足元から、「何を豊かさと呼ぶのか」を問い直す。
そのことが、大切なのだと思っています。

GardenーKitchenーTableをつなぐ。
田心カフェで、地域の野菜を食べること。
浅草田んぼで、子どもたちとお米を育てること。
田心ファームで、土を耕し、お野菜を作ること。
農家さんや地域の人と、顔の見える関係をつくること。
 
効率だけを求めれば、もしかすると「面倒なこと」もたくさんあります。
 
けれど、その面倒なことの中に、人と人との関係が生まれ、地域との関係が生まれ、自然との関係が生まれていく。
 
903がこれまで続けてきた小さな実践も、改めて振り返れば、
経済の中に、もう一度、生命や関係性を取り戻していく実験
だったのだと、今あらためて感じています。

今回の認定は、ゴールではありません。
 
「私たちの活動は、本当に公共善につながっているだろうか」と、これからも問い直していくためのスタートです。
 
人や地域や自然が豊かになることを、「経済が豊かになる」と呼べる社会へ。
 
903シティファーム推進協議会も、小さな場所から、その実験を続けていきたいと思います。