「質の高い仕事、質の高い暮らし」とは何か― 哲学者 内山節さんを迎えて
2026年5月9日に開催された『小農・森林ワーカーズ 全国交流フォーラム』。全国から300名を超える「小農」に取り組む方々が集った。
「質の高い仕事、質の高い暮らし」とは何か―
哲学者・内山節さんの基調講演に続き、903シティファーム推進協議会 委員長として登壇した。

内山節さんの書籍『半市場経済(2015年)』を、私はずっと手元に置いている。
903シティファームを立ち上げた年に読んだ一冊だ。
あれから10年。
まさか同じ場に立てるとは思っていなかった。
新しいはたらく形を創造する―行政書士として、「はたらく」という営みの意味を問い続けてきた。
制度や契約の枠組みだけでは語れない「はたらく豊かさ」を、農と協同の現場から探求してきた。
今回のフォーラムは、あらためてその問いに深く向き合う機会となった。
■ 内山節さんの問いかけ——「質の高い仕事、質の高い暮らし」を探す時代へ
内山節さんは、群馬県上野村に拠点を置きながら東京との間を行き来し、50年以上にわたって農山村の暮らしを実践してきた哲学者だ。
今回の基調講演では、「質の高い仕事とは何か、質の高い暮らしとは何か」という問いを軸に、「農と協同」をめぐる現代社会の転換点を語ってくださった。
仕事の中に「働きがい」が見えにくくなっている、現在。
「質の高い仕事とは何か、質の高い暮らしとは何か——それをみんなが探し始めた時代に入ってきた気がしている」
その答えの一つとして、内山節さんが示したのが「小農」だった。

農山村への移住者や、地方都市で新しい試みを始める人たち。
北海道で50〜100頭規模の有機放牧酪農を営みながらカフェを開き、地域コミュニティの場を作る人たち。秋田に移住し、地域の野菜を活かした農家レストランを営みながら人々の集まれる場を育てる人たち。かつての「顔役」のような存在を目指し、単なる契約の仲介にとどまらず、入居者が地域社会の一員として暮らせるまでを支える不動産屋を開業した人まで。
共通しているのは、「暮らしと地続き」の仕事であること。
自然や地域の人々との関係の中に、自分の仕事を置くことへの志向だ。

内山節さんは「仕事」と「稼ぎ」を使い分ける。
「仕事」とは、関係の世界の中で自分の役割を果たすこと。
「稼ぎ」とは、収入を上げることを目的に組み立てるもの。
農薬やホルモン剤を使ってでも品質を揃え出荷する農業は「稼ぎ」。
自然と共に生きる姿勢で畑を耕すことは「仕事」。
この使い分けが、質の高い仕事を考える上での一つの指針として示された。
■ 903シティファーム推進協議会の実践——「あいだに、種をまく」
私たち903シティファーム推進協議会は、「”農”と”食”を通して、”3割のつながり”でめぐる暮らし」を理念に、浅草を舞台に活動している。
代表的な取り組みの一つが、「よみがえれ!浅草田圃プロジェクト」だ。
神社の境内で、地域のご家族とともにお米や野菜を育て、自然とのつながりを取り戻していく試み。
内山さんがおっしゃる「小農」の実践そのものだ。
食を生み出す農の意味だけでなく、「人も自然の一部である」という感覚を呼び起こす場として、大切に育ててきた。
一般に「人間は自然を破壊する存在」という文脈で語られることが多い。
でも、この場に立つと感じる。
人が、自然を生み出すことも出来るのだと。
もう一つの柱が、「田心カフェ」とその周辺で育ってきた「マルシェの法則」とも呼べる場づくりだ。

「偏愛力」——自分の「好き」を持ち寄る場がマルシェ。
「好き」を通した他者とのつながりが生まれ、出店者同士がつながって、お金を超えたワクワクが引き出される関係が育まれる。
その循環の中から、地域を舞台にした新しい協同、新しい創発が生まれている。
■ 「共同想像」が育む創造性——協同のプロセスの中で
今回のフォーラムを通じて、最も深く共鳴したのが、内山さんの語る「共同想像」という概念だ。

個人の「好き」や内的動機だけでは、チームや組織はバラバラになってしまう。
創造性は、共通感覚を育む「共通体験」を重ねる中で生まれる「共通認識」があってこそ、はじめて協同の力となる。
私たちの実践の中にも、まさにこの「共同想像」が起きている瞬間がある。
「はたらく豊かさとは何か」
「自分たちのはたらく豊かさは、これなんだ」
「これは大切にしたいことだ」
その感覚を、共通体験の中でそれぞれが掴んでいく。
多様なメンバーが集まれば、「もやもや」や「違和感」も生まれる。
でもそれこそが、変化の兆し。
仲間と共有しながら、変容の道を歩む。
そのプロセスの中で、創造性が育まれていく。
私たちが伴走する組織でも、いつも感じていることだ。
「はたらく豊かさ」は、法や制度では測れない。
こうした場から生まれる「関係の中での役割」こそが、まさに内山さんのおっしゃる「仕事」の本質ではないかと感じている。
■共同想像を育む、二つの器
今回の報告では、共同想像を後押しする二つの取り組みについて紹介した。
一つは「アートする定款」である。
定款というと、多くの人は会社法上のルールや事業目的を記した合理的な文書を思い浮かべるだろう。
しかし、本来、組織が生まれるときには合理性だけでは説明できない何かがある。
「こんな社会があったらいい。」
「こんな仲間と生きていきたい。」
「なぜかわからないけれど、この活動を続けたい。」
そうした、まだ十分に言葉になっていない願いや感覚である。
カントは『判断力批判』の中で、美を感じる体験を「主観的普遍性」と呼んだ。
客観的に正しいとは証明できない。
しかし、「きっとあなたにも伝わるはずだ」という感覚がある。
組織が生まれる源泉にも、同じようなものがあるのではないだろうか。
「アートする定款」は、その主観的普遍性を表現する試みである。
だから必ずしも文章だけである必要はない。

ある会社では絵になるかもしれない。
ある会社では図や地図になるかもしれない。
ある会社では音楽や楽譜になるかもしれない。
私たちが大切にしているのは、理念の文章そのものではない。
その手前にある、
まだ言葉になる前の願い
まだ制度になる前の関係性
まだ形になる前の未来への予感
である。
四井真治さんは、こうしたつながりの全体を「系」と呼び、その関係の網の目そのものを「いのち」と表現している。
いのちは個体の中に閉じ込められたものではなく、人と人、人と自然、人と地域が織りなす関係性の中に宿る。
私自身も、この考え方に深く共感している。
組織とは人の集合ではない。
豊かな関係性そのものが組織なのである。
だから「アートする定款」とは、会社のルールを定めるものではなく、その会社に流れる「関係性の願い」を表現する作品であり、共同想像の源泉なのである。
もう一つが「組織のAIDAマップ」である。
「アートする定款」が願いの源泉を描くものだとすれば、「組織のAIDAマップ」は、その願いが日々の関係性の中でどのように息づいているかを描く地図である。
私たちは組織を語るとき、
売上
利益
評価
役職
権限
など、目に見えるものに注目しがちである。
しかし、本当に組織を動かしているのは、目には見えない関係性である。
誰が誰を信頼しているのか。
誰が誰の話を聴いているのか。
誰が誰を支えているのか。
どこに共感が流れ、どこに対話が生まれているのか。
そうした「あいだ」の質が、組織の未来を決めている。
ダニエル・キムの成功の循環モデルは、
関係の質 → 思考の質 → 行動の質 → 結果の質
という循環を示している。
多くの組織は結果を変えようとする。
しかし、本当に変えるべきは結果ではなく「関係の質」である。
なぜなら、関係の質が変われば、思考が変わり、行動が変わり、結果も変わるからだ。
組織のAIDAマップは、まさにその「関係の質」を可視化する試みである。

私たちはこれを単なる関係図とは考えていない。
畑で言えば土壌図である。
作物だけを見ても畑の豊かさは分からない。
大切なのは土の状態であり、水の流れであり、目には見えない微生物たちの働きである。
組織も同じだ。
成果という果実だけではなく、その成果を育てる関係性の土壌を見つめる。
「組織のAIDAマップ」は、その土壌を皆で眺め、対話し、育てていくための地図なのである。
◎ 農を通じた、「在り方」への気づき
「未来へのヒントは過去にしかない」——内山節さんのこの言葉が、深く胸に刺さった。
かつての農村共同体が自然に育んでいた協同の文化。
農と食を通して地域とつながり、協同の中から創造性を育み、「はたらく豊かさ」を一人ひとりが問い直していく。
Soil(土)と Soul(心)と Society(社会)。
それらの「あいだ」を行き来しながら、別々のものではなく、一つのこととして生きていく。
人と人のあいだ。自然と人間のあいだ。過去と未来のあいだ。
人間の「あいだ性」を取り戻していく。
そして、大きな「いのちの流れ」の中に、自分たちもいる。その感覚を、一人ひとりが取り戻していく。
「質の高い仕事、質の高い暮らし」とは何か。
問いを抱え続け、実践を重ねていきたい。


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